礼記 / 内則
夫對曰:「欽有帥。」父執子之右手,咳而名之。妻對曰:「記有成。」遂左還,授師,子師辯告諸婦諸母名,妻遂適寢。夫告宰名,宰辯告諸男名,書曰:「某年某月某日某生。」而藏之,宰告閭史,閭史書為二,其一藏諸閭府,其一獻諸州史;州史獻諸州伯,州伯命藏諸州府。夫入食如養禮。世子生,則君沐浴朝服,夫人亦如之,皆立於阼階西鄉,世婦抱子升自西階,君名之,乃降。適子庶子見於外寢,撫其首咳而名之,禮帥初,無辭。凡名子,不以日月,不以國,不以隱疾;大夫、士之子,不敢與世子同名。妾將生子,及月辰,夫使人日一問之。子生三月之末,漱浣夙齊,見於內寢,禮之如始入室;君已食,徹焉,使之特餕,遂入御。公庶子生,就側室。三月之末,其母沐浴朝服見於君,擯者以其子見,君所有賜,君名之。眾子,則使有司名之。庶人無側室者,及月辰,夫出居群室,其問之也,與子見父之禮,無以異也。凡父在,孫見於祖,祖亦名之,禮如子見父,無辭。食子者,三年而出,見於公宮則劬。
新字:夫対曰:「欽有帥。」父執子之右手,咳而名之。妻対曰:「記有成。」遂左還,授師,子師弁告諸婦諸母名,妻遂適寝。夫告宰名,宰弁告諸男名,書曰:「某年某月某日某生。」而蔵之,宰告閭史,閭史書為二,其一蔵諸閭府,其一献諸州史;州史献諸州伯,州伯命蔵諸州府。夫入食如養礼。世子生,則君沐浴朝服,夫人亦如之,皆立於阼階西郷,世婦抱子升自西階,君名之,乃降。適子庶子見於外寝,撫其首咳而名之,礼帥初,無辞。凡名子,不以日月,不以国,不以隠疾;大夫、士之子,不敢与世子同名。妾将生子,及月辰,夫使人日一問之。子生三月之末,漱浣夙斉,見於内寝,礼之如始入室;君已食,徹焉,使之特餕,遂入御。公庶子生,就側室。三月之末,其母沐浴朝服見於君,擯者以其子見,君所有賜,君名之。衆子,則使有司名之。庶人無側室者,及月辰,夫出居群室,其問之也,与子見父之礼,無以異也。凡父在,孫見於祖,祖亦名之,礼如子見父,無辞。食子者,三年而出,見於公宮則劬。
書き下し
夫対えて曰く、「欽(つつし)みて帥(したが)うこと有れ」と。父、子の右手を執り、咳(がい)してこれに名づく。妻対えて曰く、「記して成すこと有らん」と。遂に左に還り、師に授く。子の師、辯(あまね)く諸婦諸母に名を告げ、妻遂に寝に適く。夫、宰に名を告げ、宰、辯く諸男に名を告げ、書して曰く、「某年某月某日某生まる」と。而してこれを蔵す。宰、閭史に告げ、閭史書して二と為し、其の一は諸を閭府に蔵し、其の一は諸を州史に献ず。州史、諸を州伯に献じ、州伯命じて諸を州府に蔵せしむ。夫入りて食すること養礼の如くす。世子生まるれば、則ち君沐浴し朝服し、夫人も亦たかくの如くし、皆阼階に立ちて西郷す。世婦、子を抱きて西階より升り、君これに名づけ、乃ち降る。適子庶子は外寝に見え、其の首を撫で咳してこれに名づく。礼は初めに帥い、辞無し。凡そ子に名づくるに、日月を以てせず、国を以てせず、隠疾を以てせず。大夫・士の子は、敢えて世子と名を同じうせず。妾将に子を生まんとして、月辰に及べば、夫は人をして日に一たびこれを問わしむ。子生まれて三月の末、漱浣して夙に斉し、内寝に見え、これを礼すること始めて室に入るが如くす。君已に食すれば、徹して、これをして特に餕せしめ、遂に入りて御す。公の庶子生まるれば、側室に就く。三月の末、其の母沐浴し朝服して君に見え、擯者(ひんじゃ)其の子を以て見えしめ、君、賜うこと有る所は、君これに名づく。衆子は、則ち有司をしてこれに名づけしむ。庶人の側室無き者は、月辰に及べば、夫出でて群室に居る。其のこれを問うや、子の父に見ゆるの礼と、以て異なること無きなり。凡そ父在せば、孫、祖に見え、祖も亦たこれに名づく。礼は子の父に見ゆるが如く、辞無し。子に食(やしな)う者は、三年にして出で、公宮に見ゆれば則ち劬(ねぎら)う。
現代語訳
夫は答えていう。「謹んで、よき道に導くように」。父は子の右手を取り、あやすように笑いかけて名をつける。妻は答えていう。「その名を心に留め、立派に育て上げます」。そして左へ向きを変えて、子を師に渡す。子の師は、名をあまねく一族の婦人たちや父の側室たちに告げ、妻はそれから寝室に戻る。夫は宰に子の名を告げ、宰はそれをあまねく一族の男たちに告げ、「某年某月某日、某が生まれた」と書き記して保管する。宰はまた閭史(村の記録係)に告げ、閭史はそれを二通書いて、一通は閭の役所に納め、一通は州史に届ける。州史はそれを州伯に届け、州伯は命じて州の役所に納めさせる。夫は寝室に入り、妻とともに、ふだんの養いの礼のように食事をする。世子が生まれたときは、君は髪を洗い身を清めて朝服を着け、夫人も同じようにして、ともに阼階の上に立って西を向く。世婦(君の側室の一人)が子を抱いて西の階から上り、君が名をつけると、降りる。嫡子のうち世子以外の子や庶子は、外の寝殿で君に対面し、君はその頭をなで、笑いかけて名をつける。礼はさきの世子の場合に従うが、ことばのやりとりはない。およそ子に名をつけるには、日や月の名を用いず、国の名を用いず、身体の隠れた病の名を用いない。大夫や士の子は、世子と同じ名をつけない。妾が子を産もうとして産み月になると、夫は人を遣わして一日に一度様子を尋ねさせる。子が生まれて三か月の末に、妾は口をすすぎ衣を洗い、朝早くから斎戒して、夫の奥の寝室で対面し、夫は初めて妾を迎えたときと同じ礼で迎える。夫が食事を終えると、膳を下げて、妾にその残りを一人でいただかせ、そのまま夫の夜の務めにつく。公の庶子が生まれるときは、母は側室に移る。三か月の末に、その母は身を清めて朝服を着けて君に対面し、介添えの者がその子を君に対面させる。君がとくに目をかけて賜り物をする子には、君が自ら名をつける。そのほかの子には、係の役人に名をつけさせる。庶人で側室のない者は、産み月になると、夫が家を出て別の部屋で過ごす。夫が様子を尋ねるやり方も、子が父に対面するときの礼も、士の場合と変わらない。およそ父が健在であれば、孫が祖父に対面するとき、祖父もまた名をつける。その礼は子が父に対面するときと同じであるが、ことばのやりとりはない。子に乳を与えて育てた乳母は、三年たつと宮を出る。その後、公の宮に参上すれば、君はその労をねぎらう。
解説
この章句が説くこと
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