礼記 / 内則
妻將生子,及月辰,居側室,夫使人日再問之,作而自問之,妻不敢見,使姆衣服而對,至於子生,夫復使人日再問之,夫齊則不入側室之門。子生,男子設弧於門左,女子設帨於門右。三日,始負子,男射女否。國君世子生,告於君,接以大牢,宰掌具。三日,卜士負之,吉者宿齊朝服寢門外,詩負之,射人以桑弧蓬矢六。射天地四方,保受乃負之,宰醴負子,賜之束帛,卜士之妻、大夫之妾,使食子。凡接子,擇日,冢子則大牢,庶人特豚,士特豕,大夫少牢,國君世子大牢,其非冢子,則皆降一等。異為孺子室於宮中,擇於諸母與可者,必求其寬裕慈惠、溫良恭敬、慎而寡言者,使為子師,其次為慈母,其次為保母,皆居子室,他人無事不往。三月之末,擇日翦髮為鬌,男角女羈,否則男左女右。是日也,妻以子見於父,貴人則為衣服,由命士以下,皆漱浣,男女夙興,沐浴衣服,具視朔食,夫入門,升自阼階。立於阼西鄉,妻抱子出自房,當楣立東面。姆先,相曰:「母某敢用時日祇見孺子。」
新字:妻将生子,及月辰,居側室,夫使人日再問之,作而自問之,妻不敢見,使姆衣服而対,至於子生,夫復使人日再問之,夫斉則不入側室之門。子生,男子設弧於門左,女子設帨於門右。三日,始負子,男射女否。国君世子生,告於君,接以大牢,宰掌具。三日,卜士負之,吉者宿斉朝服寝門外,詩負之,射人以桑弧蓬矢六。射天地四方,保受乃負之,宰醴負子,賜之束帛,卜士之妻、大夫之妾,使食子。凡接子,択日,冢子則大牢,庶人特豚,士特豕,大夫少牢,国君世子大牢,其非冢子,則皆降一等。異為孺子室於宮中,択於諸母与可者,必求其寛裕慈恵、温良恭敬、慎而寡言者,使為子師,其次為慈母,其次為保母,皆居子室,他人無事不往。三月之末,択日翦髪為鬌,男角女羈,否則男左女右。是日也,妻以子見於父,貴人則為衣服,由命士以下,皆漱浣,男女夙興,沐浴衣服,具視朔食,夫入門,升自阼階。立於阼西郷,妻抱子出自房,当楣立東面。姆先,相曰:「母某敢用時日祇見孺子。」
書き下し
妻将に子を生まんとして、月辰に及べば、側室に居る。夫は人をして日に再びこれを問わしめ、作(な)れば自らこれを問う。妻は敢えて見えず、姆(ぼ)をして衣服して対えしむ。子生まるるに至れば、夫は復た人をして日に再びこれを問わしむ。夫斉すれば則ち側室の門に入らず。子生まるれば、男子は弧(こ)を門の左に設け、女子は帨(ぜい)を門の右に設く。三日にして、始めて子を負う。男には射し女には否(しか)せず。国君の世子生まるれば、君に告げ、接するに大牢を以てし、宰、具を掌る。三日にして、士を卜してこれを負わしむ。吉なる者は宿斉し朝服して寝門の外にて、詩(じ)してこれを負う。射人、桑弧蓬矢(そうこほうし)六を以て、天地四方を射る。保受けて乃ちこれを負う。宰、子を負う者に醴し、これに束帛を賜う。士の妻・大夫の妾を卜し、子に食(やしな)わしむ。凡そ子に接するには、日を択ぶ。冢子は則ち大牢、庶人は特豚、士は特豕、大夫は少牢、国君の世子は大牢。其の冢子に非ざれば、則ち皆一等を降す。異に孺子の室を宮中に為(つく)り、諸母と可なる者とより択び、必ず其の寛裕慈恵・温良恭敬・慎みて言寡き者を求め、子の師と為さしむ。其の次は慈母と為し、其の次は保母と為し、皆子の室に居らしめ、他人は事無ければ往かず。三月の末、日を択びて髪を翦(き)りて鬌(だ)と為し、男は角、女は羈(き)、否ざれば則ち男は左、女は右。是の日や、妻、子を以て父に見(まみ)えしむ。貴人は則ち衣服を為り、命士由り以下は、皆漱浣す。男女夙(つと)に興き、沐浴し衣服し、朔食を具視(ぐし)す。夫、門に入り、阼階より升り、阼に立ちて西郷す。妻、子を抱きて房より出で、楣(び)に当たりて立ちて東面す。姆先んじ、相(たす)けて曰く、「母某、敢えて時日を用いて祇(つつし)みて孺子を見えしむ」と。
現代語訳
妻が子を産もうとして、産み月になると、側室(脇の部屋)に移る。夫は人を遣わして一日に二度様子を尋ねさせ、産気づいたときには自ら尋ねる。妻は夫に会うことを控え、姆(付き添いの女性)に衣服を整えさせて代わりに応対させる。子が生まれると、夫はまた人を遣わして一日に二度様子を尋ねさせる。夫が斎戒中であれば、側室の門には入らない。子が生まれたら、男の子なら門の左に弧(弓)を掛け、女の子なら門の右に帨(手ふき)を掛ける。三日目に初めて子を背負う。男の子のときは弓を射る儀を行い、女の子のときは行わない。国君の世子(世継ぎ)が生まれたときは、君に報告し、大牢(牛・羊・豕)を用いて子を迎え、宰(家宰)が準備をつかさどる。三日目に、子を背負う士を卜で選ぶ。吉と出た者は前夜から斎戒し、朝服を着て寝室の門の外で子を抱いて背負う。射人が桑の弓と蓬の矢六本で、天と地と四方を射る。保(守り役)が子を受け取って背負う。宰は子を背負った士に甘酒をふるまい、束帛を賜う。士の妻や大夫の妾の中から卜で選び、子に乳を与えて養わせる。およそ子を迎える礼には、日を選ぶ。冢子(天子の世子)には大牢を用い、庶人は豚一頭、士は豕一頭、大夫は少牢(羊と豕)、国君の世子は大牢を用いる。嫡長子でなければ、みな一段下げる。宮中に別に幼子の部屋を造り、父の側室たちや適任の女性の中から、必ず寛大で慈しみ深く、温和で善良、恭しく敬いの心があり、慎み深く口数の少ない者を求めて、子の師とする。その次の者を慈母とし、その次の者を保母とし、みな子の部屋に住まわせ、ほかの者は用事がなければ行かない。生まれて三か月の末に、日を選んで髪を切り、頭頂の髪を残す。男の子は両側に角のように、女の子は十字形に残す。そうしない場合は、男の子は左に、女の子は右に残す。この日、妻は子を連れて父に対面させる。身分の高い者は子のために新しい衣服を作り、命士以下の者は、みな衣服を洗い清める。男も女も朝早く起き、髪を洗い身を清めて衣服を整え、月の初めの食膳と同じ膳を用意する。夫は門を入り、阼階から堂に上り、阼階の上に立って西を向く。妻は子を抱いて房から出て、楣(のき)の下に立って東を向く。姆が前に出て介添えをし、「母の某が、よき日を選び、謹んで幼子をお目にかけます」という。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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礼記・内則夫対えて曰く、「欽(つつし)みて帥(したが)うこと有れ」と。父、子の右手を執り、咳(がい)してこれに名づく。妻対えて曰く、「記して成すこと有らん」と。遂に左に還り、師に授く。子の師、辯(あまね)く諸婦諸母に名を告げ、妻遂に寝に適く。夫、宰に名を告げ、宰、辯く諸男に名を告げ、書して曰く、「某年某月某日某生まる」と。而してこれを蔵す。宰、閭史に告げ、閭史書して二と為し、其の一は諸を閭府に蔵し、其の一は諸を州史に献ず。州史、諸を州伯に献じ、州伯命じて諸を州府に蔵せしむ。夫入りて食すること養礼の如くす。世子生まるれば、則ち君沐浴し朝服し、夫人も亦たかくの如くし、皆阼階に立ちて西郷す。世婦、子を抱きて西階より升り、君これに名づけ、乃ち降る。適子庶子は外寝に見え、其の首を撫で咳してこれに名づく。礼は初めに帥い、辞無し。凡そ子に名づくるに、日月を以てせず、国を以てせず、隠疾を以てせず。大夫・士の子は、敢えて世子と名を同じうせず。妾将に子を生まんとして、月辰に及べば、夫は人をして日に一たびこれを問わしむ。子生まれて三月の末、漱浣して夙に斉し、内寝に見え、これを礼すること始めて室に入るが如くす。君已に食すれば、徹して、これをして特に餕せしめ、遂に入りて御す。公の庶子生まるれば、側室に就く。三月の末、其の母沐浴し朝服して君に見え、擯者(ひんじゃ)其の子を以て見えしめ、君、賜うこと有る所は、君これに名づく。衆子は、則ち有司をしてこれに名づけしむ。庶人の側室無き者は、月辰に及べば、夫出でて群室に居る。其のこれを問うや、子の父に見ゆるの礼と、以て異なること無きなり。凡そ父在せば、孫、祖に見え、祖も亦たこれに名づく。礼は子の父に見ゆるが如く、辞無し。子に食(やしな)う者は、三年にして出で、公宮に見ゆれば則ち劬(ねぎら)う。
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礼記・内則大夫の子には食母(しょくぼ)有り。士の妻は自ら其の子を養う。命士由り以上及び大夫の子は、旬にして見ゆ。冢子は未だ食せずして見え、必ず其の右手を執る。適子庶子は已に食して見え、必ず其の首を循(な)ず。子能く食を食らえば、教うるに右手を以てす。能く言えば、男は唯(い)し女は俞(ゆ)す。男は鞶革(はんかく)、女は鞶糸。六年にして、これに数と方名とを教う。七年にして、男女席を同じうせず、食を共にせず。八年にして、門戸に出入し及び席に即き飲食するに、必ず長者に後れしめ、始めてこれに譲を教う。九年にして、これに数日を教う。十年にして、出でて外傅に就き、外に居宿し、書計を学ぶ。衣は帛の襦袴(じゅこ)をせず。礼は初めに帥い、朝夕幼儀を学び、簡諒を肄(なら)わんことを請う。十有三年にして楽を学び、《詩》を誦し、《勺(しゃく)》を舞う。成童にして《象》を舞い、射御を学ぶ。二十にして冠し、始めて礼を学び、以て裘帛を衣るべく、《大夏》を舞い、孝弟を惇(あつ)く行い、博く学びて教えず、内にして出ださず。三十にして室有り、始めて男事を理(おさ)め、博く学びて方無く、友に孫(したが)いて志を視る。四十にして始めて仕え、物に方(あた)りて謀を出だし慮りを発し、道合えば則ち服従し、可ならざれば則ち去る。五十にして命ぜられて大夫と為り、官政に服す。七十にして事を致す。凡そ男の拝は左手を尚ぶ。女子は十年にして出でず、姆、婉娩聴従(えんべんちょうじゅう)を教え、麻枲(まし)を執り、糸繭(しけん)を治め、紝(じん)を織り組紃(そじゅん)を学び、女事を学びて以て衣服を共し、祭祀を観て、酒漿・籩豆・菹醢(そかい)を納れ、礼もて相助けて奠(てん)す。十有五年にして笄し、二十にして嫁ぐ。故有れば、二十三年にして嫁ぐ。聘すれば則ち妻と為し、奔(はし)れば則ち妾と為す。凡そ女の拝は右手を尚ぶ。
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礼記・内則外内は井を共にせず、湢浴(ひょくよく)を共にせず、寝席を通ぜず、乞仮(きっか)を通ぜず、男女は衣裳を通ぜず、内言は出でず、外言は入らず。男子内に入れば、嘯(うそぶ)かず指ささず、夜行くには燭を以てし、燭無ければ則ち止む。女子門を出づれば、必ず其の面を擁蔽(ようへい)し、夜行くには燭を以てし、燭無ければ則ち止む。道路には、男子は右に由り、女子は左に由る。子婦の孝なる者、敬なる者は、父母舅姑の命に、逆らうこと勿く怠ること勿し。若しこれに飲食せしむれば、耆(この)まずと雖も、必ず嘗めて待つ。これに衣服を加うれば、欲せずと雖も、必ず服して待つ。これに事を加え、人これに待(か)わらんとすれば、己弗欲すと雖も、姑(しばら)くこれに与え、而して姑くこれを使わしめ、而して後にこれを復す。子婦に勤労の事有れば、甚だこれを愛すと雖も、姑くこれを縦(ほしいまま)にし、而して寧(むし)ろ数(しばしば)これを休ましむ。子婦未だ孝ならず未だ敬ならざれば、庸(もち)いて疾怨すること勿く、姑くこれを教えよ。若し教うべからずして、而る後にこれを怒れ。怒るべからざれば、子は放ち婦は出だして、而して礼を表わさず。父母に過ち有れば、気を下し色を怡(やわら)げ、声を柔らげて以て諫む。諫め若し入れられずんば、敬を起こし孝を起こし、説(よろこ)べば則ち復た諫む。説ばざるも、其の罪を郷党州閭(きょうとうしゅうりょ)に得んよりは、寧ろ孰(つまび)らかに諫めよ。父母怒りて説ばず、而してこれを撻(う)ちて血を流すも、敢えて疾怨せず、敬を起こし孝を起こす。父母に婢子若しくは庶子・庶孫有りて、甚だこれを愛すれば、父母没すと雖も、身を没するまでこれを敬して衰えず。子に二妾有り、父母一人を愛し、子一人を愛すれば、衣服飲食由(よ)り、執事由り、敢えて父母の愛する所に視(なら)うこと毋かれ、父母没すと雖も衰えず。子甚だ其の妻を宜しとするも、父母説ばざれば、出だす。子其の妻を宜しとせざるも、父母曰く、「是れ善く我に事う」と、子は夫婦の礼を行い、身を没するまで衰えず。
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礼記・曽子問曾子問いて曰く、「君薨(こう)じて世子生まるれば、之を如何(いかん)せん」と。孔子曰く、「卿・大夫・士は摂主(せっしゅ)に従いて西階の南に北面す。大祝(たいしゅく)は裨冕(ひべん)し、束帛(そくはく)を執り、西階より升り、等を尽くして、堂に升らず、哭する毋(な)からしむ。祝、声すること三たび、告げて曰く、『某の子生まる、敢えて告ぐ』と。升りて、幣を殯(ひん)の東の几上に奠(お)き、哭して降る。衆主人・卿・大夫・士・房中皆哭し、踊(よう)せず。一哀を尽くして、位に反る。遂に朝奠(ちょうてん)す。小宰升りて幣を挙ぐ。三日にして、衆主人・卿・大夫・士は初めの位の如くし、北面す。大宰・大宗・大祝皆裨冕す。少師(しょうし)子を奉ずるに衰(さい)を以てす。祝先んじ、子従い、宰・宗人従う。門に入れば、哭する者止み、子は西階より升る。殯前に北面す。祝は殯の東南隅に立つ。祝、声すること三たび、曰く、『某の子某、執事に従いて敢えて見(まみ)ゆ』と。子は拝して稽顙(けいそう)し、哭す。祝・宰・宗人・衆主人・卿・大夫・士哭し、踊すること三たびする者三たびにして、降り、東して位に反り、皆袒(たん)す。子踊し、房中も亦た踊すること三たびする者三たびなり。衰を襲(き)、杖つき、奠して出づ。大宰は祝・史に命じて名を以て徧(あまね)く五祀・山川に告げしむ」と。
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礼記・内則昧爽にして朝し、慈(いつく)しむに旨甘(しかん)を以てす。日出でて退き、各々其の事に従い、日入りて夕(せき)し、慈しむに旨甘を以てす。父母舅姑将に坐せんとすれば、席を奉じて何(いず)くにか郷(む)かわんと請う。将に衽(しん)せんとすれば、長者席を奉じて何くにか趾(あし)せんと請う。少者は床を執りて与(とも)に坐し、御者は几を挙げ、席と簟とを斂め、衾を県(か)け枕を篋(おさ)め、簟を斂めてこれを襡(ふくろ)にす。父母舅姑の衣衾簟席枕几は伝えず、杖屨は祇(つつし)みてこれを敬し、敢えて近づくこと勿し。敦牟卮匜(たいぼうしい)は、餕(しゅん)に非ざれば敢えて用うる莫し。恒の食飲とともに、餕に非ざれば、敢えてこれを飲食する莫し。父母在(いま)せば、朝夕の恒食に、子婦佐けて餕す。既に食すれば恒に餕す。父没して母存すれば、冢子(ちょうし)食に御し、群子婦佐けて餕すること初めの如し。旨甘柔滑は、孺子餕す。父母舅姑の所に在りて、これに命ずること有れば、応じて唯(い)し敬して対う。進退周旋は慎み斉(ととの)え、升降出入は揖游(ゆうゆう)し、敢えて噦噫(えつあい)・嚔咳(ていがい)・欠伸(けんしん)・跛倚(はい)・睇視(ていし)せず、敢えて唾洟(だい)せず。寒くとも敢えて襲(かさ)ねず、癢くとも敢えて搔かず。敬事有らざれば、敢えて袒裼(たんせき)せず、渉らざれば撅(かか)げず、褻衣衾は裏を見さず。父母の唾洟は見さず。冠帯垢づけば、灰を和して漱(あら)わんことを請う。衣裳垢づけば、灰を和して浣(あら)わんことを請う。衣裳綻裂すれば、箴(はり)を紉(とお)して補綴せんことを請う。五日には、則ち湯を燂(あたた)めて浴せんことを請い、三日には沐を具う。其の間、面垢づけば、潘(はん)を燂めて靧(かい)せんことを請い、足垢づけば、湯を燂めて洗わんことを請う。少は長に事え、賤は貴に事え、共に時(これ)に帥(したが)う。男は内を言わず、女は外を言わず。祭に非ず喪に非ざれば、相器を授けず。其の相授くるには、則ち女は受くるに篚(ひ)を以てす。其の篚無ければ則ち皆坐してこれを奠(お)きて後にこれを取る。
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礼記・内則後王(こうおう)、冢宰(ちょうさい)に命じて、徳を衆兆民に降(くだ)さしむ。子の父母に事うるには、鶏初めて鳴けば、咸(み)な盥漱(かんそう)し、櫛(くしけず)り縰(し)し笄(けい)し総(そう)し、髦(ぼう)を払い、冠して緌纓(ずいえい)し、端韠(たんひつ)紳(しん)して、笏(こつ)を搢(はさ)む。左右に用を佩(お)ぶ。左には紛帨(ふんぜい)・刀・礪(れい)・小觿(しょうけい)・金燧を佩び、右には玦(けつ)・捍(かん)・管・遰(てい)・大觿・木燧を佩び、偪(ひょく)し、屨(くつ)には綦(き)を著く。婦の舅姑(きゅうこ)に事うるは、父母に事うるが如し。鶏初めて鳴けば、咸な盥漱し、櫛り縰し、笄し総し、衣して紳す。左には紛帨・刀・礪・小觿・金燧を佩び、右には箴(しん)・管・線・纊(こう)を佩び、縏帙(はんちつ)を施し、大觿・木燧、衿纓(きんえい)、綦屨す。以て父母舅姑の所に適く。所に及べば、気を下し声を怡(やわら)げ、衣の燠寒(いくかん)、疾痛苛癢(しつつうかよう)を問いて、敬してこれを抑搔(よくそう)す。出入には、則ち或いは先んじ或いは後れて、敬してこれを扶持す。盥を進むるには、少者は槃を奉じ、長者は水を奉じ、沃盥(よくかん)せんことを請い、盥卒(お)われば巾を授く。欲する所を問いて敬してこれを進め、色を柔らげて以てこれを温む。饘酏(せんい)・酒醴・芼羹(ぼうこう)・菽麦・蕡稲(ふんとう)・黍粱・秫(じゅつ)は唯欲する所のままにし、棗・栗・飴・蜜は以てこれを甘くし、菫(きん)・荁(かん)・枌(ふん)・楡・免(ぶん)・薧(こう)・滫瀡(しゅうずい)は以てこれを滑らかにし、脂膏は以てこれを膏(うるお)す。父母舅姑必ずこれを嘗めて後に退く。男女の未だ冠笄(かんけい)せざる者は、鶏初めて鳴けば、咸な盥漱し、櫛り縰し、髦を払い総角(そうかく)し、衿纓し、皆容臭を佩び、昧爽(まいそう)にして朝し、何をか食飲せんと問う。若し已に食すれば則ち退き、若し未だ食せざれば則ち長者を佐けて具を視る。凡そ内外、鶏初めて鳴けば、咸な盥漱し、衣服し、枕簟(ちんてん)を斂め、室堂及び庭を灑掃(さいそう)し、席を布き、各々其の事に従う。孺子は蚤(はや)く寝ね晏(おそ)く起き、唯欲する所のままにし、食に時無し。命士由り以上は、父子皆宮を異にす。
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