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礼記 / 郊特牲

冠義:始冠之,緇布之冠也。大古冠布,齊則緇之。其緌也,孔子曰:「吾未之聞也。冠而敝之可也。」適子冠於阼,以著代也。醮於客位,加有成也。三加彌尊,喻其志也。冠而字之,敬其名也。委貌,周道也。章甫,殷道也。毋追,夏后氏之道也。周弁,殷冔,夏收。三王共皮弁素積。無大夫冠禮,而有其昏禮。古者,五十而後爵,何大夫冠禮之有?諸侯之有冠禮,夏之末造也。天子之元子,士也。天下無生而貴者也。繼世以立諸侯,象賢也。以官爵人,德之殺也。死而謚,今也;古者生無爵,死無謚。禮之所尊,尊其義也。失其義,陳其數,祝史之事也。故其數可陳也,其義難知也。知其義而敬守之,天子之所以治天下也。

新字:冠義:始冠之,緇布之冠也。大古冠布,斉則緇之。其緌也,孔子曰:「吾未之聞也。冠而敝之可也。」適子冠於阼,以著代也。醮於客位,加有成也。三加弥尊,喩其志也。冠而字之,敬其名也。委貌,周道也。章甫,殷道也。毋追,夏后氏之道也。周弁,殷冔,夏収。三王共皮弁素積。無大夫冠礼,而有其昏礼。古者,五十而後爵,何大夫冠礼之有?諸侯之有冠礼,夏之末造也。天子之元子,士也。天下無生而貴者也。継世以立諸侯,象賢也。以官爵人,徳之殺也。死而謚,今也;古者生無爵,死無謚。礼之所尊,尊其義也。失其義,陳其数,祝史之事也。故其数可陳也,其義難知也。知其義而敬守之,天子之所以治天下也。

書き下し

冠義。始めてこれに冠するは、緇布(しふ)の冠なり。大古は布を冠し、斉(ものいみ)すれば則ちこれを緇(くろ)くす。其の緌(ずい)は、孔子曰く、「吾未だこれを聞かざるなり。冠してこれを敝(す)つるも可なり」と。適子、阼に冠するは、以て代を著すなり。客位に醮(しょう)するは、成有るを加うるなり。三たび加えて弥々(いよいよ)尊きは、其の志を諭すなり。冠してこれに字(あざな)するは、其の名を敬するなり。委貌(いぼう)は、周の道なり。章甫(しょうほ)は、殷の道なり。毋追(ぶつい)は、夏后氏の道なり。周は弁、殷は冔(く)、夏は収。三王共に皮弁素積す。大夫の冠礼無くして、其の昏礼有り。古者、五十にして後に爵す、何の大夫の冠礼かこれ有らん。諸侯の冠礼有るは、夏の末に造れるなり。天子の元子も、士なり。天下に生まれながらにして貴き者無きなり。世を継ぎて以て諸侯を立つるは、賢に象るなり。官を以て人を爵するは、徳の殺(さい)なり。死して諡(おくりな)するは、今なり。古者は生きて爵無く、死して諡無し。礼の尊ぶ所は、其の義を尊ぶなり。其の義を失いて、其の数を陳ぬるは、祝史の事なり。故に其の数は陳ぬべきも、其の義は知り難きなり。其の義を知りて敬しんでこれを守るは、天子の天下を治むる所以なり。

現代語訳

冠礼の意味について。初めて冠をかぶせるときは、緇布の冠(黒い麻布の冠)を用いる。太古は白い布の冠をかぶり、斎戒のときにはそれを黒く染めた。その冠に緌(冠の紐の垂れ飾り)を付けることについて、孔子はいった。「わたしは聞いたことがない。冠礼で一度かぶったら、この冠は捨ててしまってよいものだ」。嫡子が阼階(主人の位置である東の階)の上で冠をかぶるのは、父に代わって家を継ぐ者であることを明らかにするためである。客の位置で醮(酒を注いで祝う儀)をするのは、成人したことを重んじ、客の礼を加えるためである。三度冠をかぶせ替え、そのたびに冠がいっそう尊いものになるのは、志をさらに高めるよう諭すためである。冠をかぶったのち字(あざな)をつけるのは、親から授かった名を敬い、みだりに呼ばないためである。委貌(黒絹の冠)は周の常の冠、章甫は殷の冠、毋追は夏后氏の冠である。祭の冠は、周では弁、殷では冔、夏では収といった。夏・殷・周の三王はともに、皮弁(白鹿皮の冠)と素積(ひだのある白い裳)を用いた。大夫には独自の冠礼はないが、大夫の婚礼はある。昔は五十歳になってはじめて大夫の爵を受けたのだから、大夫の冠礼などあるはずがない。諸侯に冠礼があるのは、夏の末期に作られたものである。天子の長子であっても、冠礼では士と同じである。天下に生まれながらにして尊い者はいないのである。世襲によって諸侯を立てるのは、先祖の賢にならわせるためである。官職によって人に爵位を与えるのは、徳が衰えたからである。死後に諡をおくるのは今の習いであって、昔は生きている間は爵がなければ、死後にも諡はなかった。礼が尊ぶのは、その意味である。意味を失ってただ器物の数や手順を並べるのは、祝や史(祭祀の実務を担う役人)の仕事にすぎない。だから数や手順は並べて示すことができても、その意味を知ることは難しい。その意味を知って敬しみ守ることこそ、天子が天下を治めるゆえんである。

解説

冠礼、すなわち成人の儀の意味を説いた段で、儀礼の士冠礼を解説する役割を持つ。冠を三度かぶせ替えるたびに尊いものにするのは志を高めるためであり、字をつけるのは名を敬うためである。「天子の元子も、士なり。天下に生まれながらにして貴き者無きなり」の句について、鄭玄は、世継ぎも士と同じとするのは、賢い行いと徳が現れてはじめて貴くなることを明らかにするためだと注している。生まれではなく徳によって尊さが決まるという考えは、孟子が説く天爵と人爵の区別にも通じる。段の結びでは、礼の数(手順や器物)は誰でも並べられるが、義(意味)を知ることは難しいと述べる。形だけを守るのは実務を担う祝史の仕事で、治める者は意味を知って敬しんで守らねばならない。入社式や成人式のような節目の儀式も、その意味を問い直してこそ生きたものになる。

この章句が説くこと

礼記郊特牲冠礼義成人

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