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礼記 / 郊特牲

天地合而後萬物興焉。夫昏禮,萬世之始也。取於異姓,所以附遠厚別也。幣必誠,辭無不腆。告之以直信;信,事人也;信,婦德也。壹與之齊,終身不改。故夫死不嫁。男子親迎,男先於女,剛柔之義也。天先乎地,君先乎臣,其義一也。執摯以相見,敬章別也。男女有別,然後父子親,父子親然後義生,義生然後禮作,禮作然後萬物安。無別無義,禽獸之道也。婿親御授綏,親之也。親之也者,親之也。敬而親之,先王之所以得天下也。出乎大門而先,男帥女,女從男,夫婦之義由此始也。婦人,從人者也;幼從父兄,嫁從夫,夫死從子。夫也者,夫也;夫也者,以知帥人者也。玄冕齋戒,鬼神陰陽也。將以為社稷主,為先祖後,而可以不致敬乎?共牢而食,同尊卑也。故婦人無爵,從夫之爵,坐以夫之齒。器用陶匏,尚禮然也。三王作牢用陶匏。厥明,婦盥饋。舅姑卒食,婦餕餘,私之也。舅姑降自西階,婦降自阼階,授之室也。昏禮不用樂,幽陰之義也。樂,陽氣也。昏禮不賀,人之序也。

新字:天地合而後万物興焉。夫昏礼,万世之始也。取於異姓,所以附遠厚別也。幣必誠,辞無不腆。告之以直信;信,事人也;信,婦徳也。壱与之斉,終身不改。故夫死不嫁。男子親迎,男先於女,剛柔之義也。天先乎地,君先乎臣,其義一也。執摯以相見,敬章別也。男女有別,然後父子親,父子親然後義生,義生然後礼作,礼作然後万物安。無別無義,禽獣之道也。婿親御授綏,親之也。親之也者,親之也。敬而親之,先王之所以得天下也。出乎大門而先,男帥女,女従男,夫婦之義由此始也。婦人,従人者也;幼従父兄,嫁従夫,夫死従子。夫也者,夫也;夫也者,以知帥人者也。玄冕斎戒,鬼神陰陽也。将以為社稷主,為先祖後,而可以不致敬乎?共牢而食,同尊卑也。故婦人無爵,従夫之爵,坐以夫之歯。器用陶匏,尚礼然也。三王作牢用陶匏。厥明,婦盥饋。舅姑卒食,婦餕余,私之也。舅姑降自西階,婦降自阼階,授之室也。昏礼不用楽,幽陰之義也。楽,陽気也。昏礼不賀,人之序也。

書き下し

天地合して後に万物興る。夫れ昏礼は、万世の始めなり。異姓に取るは、遠きに附きて別を厚くする所以なり。幣は必ず誠にし、辞は腆(てん)ならざる無し。これに告ぐるに直信を以てす。信は、人に事うるなり。信は、婦の徳なり。壱(ひと)たびこれと斉(ひと)しくすれば、終身改めず。故に夫死して嫁がず。男子親迎し、男、女に先んずるは、剛柔の義なり。天、地に先んじ、君、臣に先んず、其の義一なり。摯(し)を執りて以て相見ゆるは、敬して別を章(あきら)かにするなり。男女別有りて、然る後に父子親しみ、父子親しみて然る後に義生じ、義生じて然る後に礼作(おこ)り、礼作りて然る後に万物安んず。別無く義無きは、禽獣の道なり。婿親ら御して綏(すい)を授くるは、これを親しむなり。これを親しむとは、これを親しましむるなり。敬してこれを親しむは、先王の天下を得る所以なり。大門を出でて先んずるは、男は女を帥(ひき)い、女は男に従う、夫婦の義これ由り始まるなり。婦人は、人に従う者なり。幼にしては父兄に従い、嫁しては夫に従い、夫死しては子に従う。夫なる者は、夫(ふ)なり。夫なる者は、知を以て人を帥いる者なり。玄冕して斎戒するは、鬼神陰陽なればなり。将に以て社稷の主と為り、先祖の後と為らんとす、而して以て敬を致さざるべけんや。牢を共にして食らうは、尊卑を同じうするなり。故に婦人は爵無く、夫の爵に従い、坐するには夫の歯(よわい)を以てす。器に陶匏を用うるは、礼を尚びて然るなり。三王、牢を作るに陶匏を用う。厥(そ)の明(あ)くる、婦、盥(かん)して饋(き)す。舅姑、食を卒うれば、婦、余りを餕(しゅん)す、これを私するなり。舅姑は西階より降り、婦は阼階より降る、これに室を授くるなり。昏礼に楽を用いざるは、幽陰の義なり。楽は陽気なり。昏礼に賀せざるは、人の序なればなり。

現代語訳

天と地が合わさってはじめて万物が生じる。婚礼は、万世に続く人の世の始まりである。妻を異姓から迎えるのは、遠い者と結びつき、男女の区別を厚くするためである。贈る幣帛は必ず誠実なものとし、ことばはへりくだって粗末なものとは言わない。相手には率直に誠を告げる。信とは人に仕える道であり、信は婦人の徳である。一度夫と一体となったら、生涯それを改めない。だから夫が死んでも再婚しない。男子が自ら妻を迎えに行き、男が女に先立つのは、剛と柔の意味による。天が地に先立ち、君が臣に先立つのと、同じ意味である。贈り物を執って相まみえるのは、敬意をもって男女の別を明らかにするためである。男女に別があってこそ父子が親しみ、父子が親しんでこそ義が生じ、義が生じてこそ礼が起こり、礼が起こってこそ万物が安らぐ。男女の別もなく義もないのは、禽獣の道である。婿が自ら車を御し、花嫁に乗車用の綏(すがり綱)を手渡すのは、花嫁に親しむためである。親しむとは、相手にも自分を親しませることである。敬いつつ親しむことこそ、先王が天下を得た道である。婿が大門を出て先に立つのは、男が女を導き、女が男に従うということで、夫婦の義はここから始まる。婦人は人に従う者である。幼いときは父兄に従い、嫁いでは夫に従い、夫が死ねば子に従う。夫とは丈夫(一人前の男子)のことであり、夫とは知恵によって人を導く者である。婿が玄冕(黒い礼冠と礼服)を着て斎戒するのは、婚礼が鬼神と陰陽に関わることだからである。これから社稷の主となり、先祖の後継ぎとなろうとするのに、敬を尽くさずにいられようか。夫婦が一つの牲の肉を共に食べるのは、尊卑を同じくするためである。だから婦人には独自の爵位がなく、夫の爵位に従い、座る順も夫の年齢によって決める。器に素焼きの土器と匏を用いるのは、古い礼を尊ぶからである。夏・殷・周の三王は、共牢の礼に土器と匏を用いた。婚礼の翌朝、新婦は手を洗い、舅姑(夫の父母)に食事を差し上げる。舅姑が食べ終えると、新婦がその残りを食べる。これは舅姑が新婦を身内として親しむしるしである。舅姑は客の降りる西の階から降り、新婦は主人の降りる東の阼階から降りる。これは家の主婦の座を新婦に譲り渡すのである。婚礼に楽を用いないのは、婚礼が陰に属する奥深いものだからである。楽は陽の気である。婚礼で祝賀しないのは、親の代から子の代へと人の順序が移ることだからである。

解説

婚礼の意味を説いた段で、郊特牲の中でも後世よく引かれる部分である。同姓を娶らないことについて、鄭玄は、同姓で結婚すれば互いに狎れ合いやすいからだと注している。「男女別有りて、然る後に父子親しむ」から「礼作りて然る後に万物安んず」への連鎖は、家族の秩序を社会全体の秩序の出発点とみる儒家の考えを示すもので、昏義篇にもほぼ同じ文がある。「幼にしては父兄に従い、嫁しては夫に従い、夫死しては子に従う」はのちに三従と呼ばれ、長く女性を縛る教えとして働いたことも忘れてはならない。一方で、夫とは知恵をもって人を導く者だと定義し、夫婦が同じ牲を食べて尊卑を同じくするとも説く。今の読み手には、形式の是非とは別に、敬と親しみを両立させることの難しさを考える材料になる。

この章句が説くこと

礼記郊特牲婚礼夫婦敬

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