礼記 / 郊特牲
天子大蜡八。伊耆氏始為蜡,蜡也者,索也。歲十二月,合聚萬物而索饗之也。蜡之祭也:主先嗇,而祭司嗇也。祭百種以報嗇也。饗農及郵表畷,禽獸,仁之至、義之盡也。古之君子,使之必報之。迎貓,為其食田鼠也;迎虎,為其食田豕也,迎而祭之也。祭坊與水庸,事也。曰「土反其宅」,水歸其壑,昆蟲毋作,草木歸其澤。皮弁素服而祭。素服,以送終也。葛帶榛杖,喪殺也。蜡之祭,仁之至、義之盡也。黃衣黃冠而祭,息田夫也。野夫黃冠;黃冠,草服也。大羅氏,天子之掌鳥獸者也,諸侯貢屬焉。草笠而至,尊野服也。羅氏致鹿與女,而詔客告也。以戒諸侯曰:「好田好女者亡其國。」天子樹瓜華,不斂藏之種也。八蜡以記四方。四方年不順成,八蜡不通,以謹民財也。順成之方,其蜡乃通,以移民也。既蜡而收,民息已。故既蜡,君子不興功。
新字:天子大蜡八。伊耆氏始為蜡,蜡也者,索也。歳十二月,合聚万物而索饗之也。蜡之祭也:主先嗇,而祭司嗇也。祭百種以報嗇也。饗農及郵表畷,禽獣,仁之至、義之尽也。古之君子,使之必報之。迎貓,為其食田鼠也;迎虎,為其食田豕也,迎而祭之也。祭坊与水庸,事也。曰「土反其宅」,水帰其壑,昆虫毋作,草木帰其沢。皮弁素服而祭。素服,以送終也。葛帯榛杖,喪殺也。蜡之祭,仁之至、義之尽也。黄衣黄冠而祭,息田夫也。野夫黄冠;黄冠,草服也。大羅氏,天子之掌鳥獣者也,諸侯貢属焉。草笠而至,尊野服也。羅氏致鹿与女,而詔客告也。以戒諸侯曰:「好田好女者亡其国。」天子樹瓜華,不斂蔵之種也。八蜡以記四方。四方年不順成,八蜡不通,以謹民財也。順成之方,其蜡乃通,以移民也。既蜡而収,民息已。故既蜡,君子不興功。
書き下し
天子の大蠟(たいさ)は八。伊耆氏(いきし)始めて蠟を為る。蠟なる者は、索(もと)むるなり。歳の十二月、万物を合聚してこれを索めて饗するなり。蠟の祭は、先嗇(せんしょく)を主として、司嗇を祭るなり。百種を祭り以て嗇に報ゆるなり。農及び郵表畷(ゆうひょうてつ)、禽獣を饗するは、仁の至り、義の尽くるなり。古の君子は、これを使えば必ずこれに報ゆ。猫を迎うるは、其の田鼠を食らうが為なり。虎を迎うるは、其の田豕(でんし)を食らうが為なり、迎えてこれを祭るなり。坊と水庸とを祭るは、事(つと)むるなり。曰く、「土は其の宅に反れ、水は其の壑(たに)に帰れ、昆虫は作(おこ)ること毋かれ、草木は其の沢に帰れ」と。皮弁素服して祭る。素服は、以て終わりを送るなり。葛帯榛杖(かったいしんじょう)は、喪の殺(さい)なり。蠟の祭は、仁の至り、義の尽くるなり。黄衣黄冠して祭るは、田夫を息(いこ)わしむるなり。野夫は黄冠す。黄冠は、草服なり。大羅氏は、天子の鳥獣を掌る者なり、諸侯貢して属(しょく)す。草笠して至るは、野服を尊ぶなり。羅氏、鹿と女とを致して、客に詔(つ)げて告げしむ。以て諸侯を戒めて曰く、「田を好み女を好む者は其の国を亡ぼす」と。天子、瓜華を樹(う)うるは、斂蔵(れんぞう)の種にあらざればなり。八蠟は以て四方を記す。四方、年順成せざれば、八蠟通ぜず、以て民の財を謹むなり。順成の方は、其の蠟乃ち通ず、以て民を移すなり。既に蠟して収め、民息(いこ)う。故に既に蠟すれば、君子は功を興さず。
現代語訳
天子の行う大蠟の祭には八柱の神を祀る。伊耆氏(古の帝王、神農とも堯ともいう)が初めて蠟の祭を定めた。蠟とは「求め索める」という意味である。毎年十二月に、万物に関わる神々を一堂に集め、探し求めてもてなすのである。蠟の祭では先嗇(初めて農耕を教えた神農)を主とし、司嗇(農を司った后稷)を祀る。多くの穀物の神を祀って、農の恵みに報いるのである。田を開いた古の農官、郵表畷(田の境の見張り小屋や畦道の神)、鳥獣までもてなすのは、仁の極みであり、義を尽くすことである。昔の君子は、何かを働かせたなら必ずそれに報いた。猫を迎えて祀るのは田の鼠を食べてくれるからであり、虎を迎えるのは田を荒らす猪を食べてくれるからで、迎えて祀るのである。坊(堤防)と水庸(用水路)を祀るのは、その働きに報いるためである。祝詞にいう。「土はもとの場所に戻れ、水はもとの谷に帰れ、害虫は発生するな、草木はもとの沢に帰れ」。祭には皮弁をかぶり、白い素服で臨む。素服は一年の終わりを送る意味である。葛の帯を締め、榛(はしばみ)の杖をつくのは、喪の礼を減らしたものである。蠟の祭は仁の極み、義を尽くすものである。黄色い衣と黄色い冠で祭るのは、農夫を休ませるための祭だからである。野の農夫は黄色い冠をかぶる。黄冠は草で作った野良着である。大羅氏は、天子のために鳥獣を掌る官であり、諸侯の貢ぐ鳥獣もその管轄に属する。諸侯の使者が草の笠をかぶってやって来るのは、野の服装を尊ぶからである。羅氏は鹿と女とを差し出して見せ、使者に天子のことばを告げさせる。そして諸侯を戒めていう。「狩りを好み、女色を好む者は、その国を滅ぼす」。天子が瓜などの果実を植えるのは、それが収穫して貯蔵しておく種類のものではないからである。八蠟の祭によって四方の出来を記す。ある地方の収穫が順調でなければ、その地方では八蠟を合わせて行わない。民の財を惜しむためである。収穫が順調な地方では蠟の祭を行い、民を楽しませる。蠟の祭が終わると収穫を納め、民は休む。だから蠟の祭の後には、君子は土木などの事業を起こさない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
-
論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
-
論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
-
論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
-
論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
-
論語・微子篇微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る