礼記 / 礼器
孔子曰:「誦詩三百,不足以一獻。一獻之禮,不足以大饗,大饗之禮,不足以大旅,大旅具矣,不足以饗帝。毋輕議禮!」 子路為季氏宰。季氏祭,逮闇而祭,日不足,繼之以燭。雖有強力之容,肅敬之心,皆倦怠矣。有司跛倚以臨祭,其為不敬大矣。他日祭,子路與,室事交乎戶,堂事交乎階,質明而始行事,晏朝而退。孔子聞之,曰:「誰謂由也而不知禮乎?」
新字:孔子曰:「誦詩三百,不足以一献。一献之礼,不足以大饗,大饗之礼,不足以大旅,大旅具矣,不足以饗帝。毋軽議礼!」 子路為季氏宰。季氏祭,逮闇而祭,日不足,継之以燭。雖有強力之容,粛敬之心,皆倦怠矣。有司跛倚以臨祭,其為不敬大矣。他日祭,子路与,室事交乎戸,堂事交乎階,質明而始行事,晏朝而退。孔子聞之,曰:「誰謂由也而不知礼乎?」
書き下し
孔子曰く、「詩三百を誦(しょう)するも、以て一献するに足らず。一献の礼は、以て大饗(たいきょう)するに足らず。大饗の礼は、以て大旅するに足らず。大旅具(そな)わるも、以て帝を饗するに足らず。軽々しく礼を議すること毋(な)かれ」と。 子路、季氏の宰と為る。季氏祭るに、闇(くら)きに逮(およ)びて祭り、日足らず、これに継ぐに燭を以てす。強力の容、粛敬の心有りと雖も、皆倦怠す。有司、跛倚(はい)して以て祭に臨む、その不敬たること大なり。他日祭るに、子路与(あずか)る。室事は戸に交え、堂事は階(きざはし)に交え、質明にして始めて事を行い、晏朝(あんちょう)にして退く。孔子これを聞きて曰く、「誰か由や礼を知らずと謂わんや」と。
現代語訳
孔子がいった。「『詩経』三百篇をそらんじていても、礼を学んでいなければ、一献の祭(小さな神々への祭)を執り行うにも足りない。一献の礼を心得ていても、大饗(先王を合わせ祀る大祭)を行うには足りない。大饗の礼を心得ていても、大旅(五帝を祀る祭)を行うには足りない。大旅の礼がすっかり備わっていても、天帝を祀るには足りない。軽々しく礼を論じてはならない」。 子路が季氏(魯の実権を握った大夫の家)の宰(家老)となった。それ以前、季氏の祭は、夜明け前の暗いうちから始めても一日で終わらず、燭をともして続けるありさまであった。力の強い者の姿勢も、慎み敬う心も、みな疲れ果ててだらけてしまった。役人たちは片足で立ったり物に寄りかかったりして祭に臨み、その不敬ははなはだしいものであった。後日の祭では子路がこれを取り仕切った。室内の儀(正祭)では、供え物を戸口で受け渡して内外の者が手分けし、堂上の儀(尸をもてなす儀)では、階(きざはし)で受け渡した。夜明けとともに事を始め、日が高くなるころには終えて退いた。孔子はこれを聞いていった。「由(子路)が礼を知らないなどと、いったい誰がいうのか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孔子家語・好生孔子子路に謂いて曰わく、「長者を見て其の辞を尽くさずんば、風雨有りと雖も、吾其の門に入る能わず。故に君子は其の能くする所を以て人を敬い、小人は是に反す。」
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孔子家語・致思子路蒲の宰と為る。水備を為し、其の民と溝瀆を修む。民の労煩苦しむを以て、人に一簞の食、一壺の漿を与う。孔子之を聞き、子貢をして之を止めしむ。 子路忿りて悦ばず、孔子に見えて曰わく、「由や暴雨将に至らんとするを以て、水災有らんことを恐れ、故に民と溝洫を修めて以て之に備う。而して民に匱餓する者多し、是を以て簞食壺漿もて之に与う。夫子賜をして之を止めしむ、是れ夫子由の仁を行うを止むるなり。夫子仁を以て教えて其の行いを禁ず、由受けざるなり。」 孔子曰わく、「汝民を以て餓うと為さば、何ぞ君に白して倉廩を発きて以て之を賑わさざる。而して私に爾の食を以て之に饋る、是れ汝君の恵無きを明らかにし、而して己の徳の美を見わすなり。汝速やかに已めば則ち可なり、然らずんば則ち汝の罪せらるること必せり。」
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史記 仲尼弟子列伝子路蒲の大夫と為り、孔子に辞す。孔子曰く、「蒲は壮士多く、又治め難し。然れども吾汝に語げん。恭にして以て敬なれば、以て勇を執るべし。寛にして以て正なれば、以て衆に比すべし。恭正にして以て静なれば、以て上に報ゆべし」と。初め、衛の霊公に寵姫有り南子と曰ふ。霊公の太子蕢聵南子に過を得、誅を懼れて出奔す。霊公卒するに及び夫人公子郢を立てんと欲す。郢肯んぜず、曰く、「亡人太子の子輒在り」と。是に於いて衛輒を立てて君と為す、是れ出公為り。出公立つこと十二年、其の父蕢聵外に居り、入るを得ず。子路衛の大夫孔悝の邑宰と為る。蕢聵乃ち孔悝と乱を作し、謀りて孔悝の家に入り、遂に其の徒と出公を襲ひ攻む。出公魯に奔り、而して蕢聵入りて立つ、是れ荘公為り。孔悝乱を作すに方りて、子路外に在り、之を聞きて馳せ往く。子羔の衛の城門を出づるに遇ふ、子路に謂ひて曰く、「出公去れり、而して門已に閉づ、子還るべし、空しく其の禍を受くる毋かれ」と。子路曰く、「其の食を食む者は其の難を避けず」と。子羔卒に去る。使者の城に入る有り、城門開く、子路随ひて入る。蕢聵に造る、蕢聵孔悝と台に登る。子路曰く、「君焉んぞ孔悝を用ひん。請ふ得て之を殺さん」と。蕢聵聴かず。是に於いて子路台を燔かんと欲す、蕢聵懼れ、乃ち石乞・壺黶を下して子路を攻めしめ、子路の纓を撃ち断つ。子路曰く、「君子は死すとも冠は免がず」と。遂に纓を結びて死す。孔子衛の乱を聞きて、曰く、「嗟乎、由死せん」と。已にして果たして死す。故に孔子曰く、「吾由を得てより、悪言耳に聞こえず」と。是の時子貢魯の為に斉に使ひす。
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史記 仲尼弟子列伝仲由、字は子路、卞の人なり。孔子より少きこと九歳。子路は性鄙にして、勇力を好み、志伉直、雄鶏を冠し、豭豚を佩び、孔子を陵暴す。孔子礼を設けて稍く子路を誘ふ、子路後に儒服して質を委ね、門人に因りて弟子と為らんことを請ふ。子路政を問ふ、孔子曰く、「之に先んじ、之を労へ」と。益を請ふ。曰く、「倦むこと無かれ」と。子路問ふ、「君子は勇を尚ぶか」と。孔子曰く、「義を之れ上と為す。君子勇を好みて義無ければ則ち乱し、小人勇を好みて義無ければ則ち盗す」と。子路聞くこと有りて、未だ之を行ふ能はざれば、唯だ聞くこと有るを恐る。孔子曰く、「片言以て獄を折むべき者は、其れ由なるか」と。「由や勇を好むこと我に過ぎたり、材を取る所無し」と。「由の若きは、其の死を得ざらん」と。「敝れたる縕袍を衣て、狐貉を衣る者と立ちて、恥ぢざる者は、其れ由なるか」と。「由や堂に升れり、未だ室に入らざるなり」と。季康子問ふ、「仲由は仁なるか」と。孔子曰く、「千乗の国其の賦を治めしむべし、其の仁を知らず」と。
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論語・雍也篇季康子問う、「仲由は政に従わしむ可きか。」子曰く、「由や果、政に従うに於いて何か有らん。」曰く、「賜は政に従わしむ可きか。」曰く、「賜や達、政に従うに於いて何か有らん。」曰く、「求は政に従わしむ可きか。」曰く、「求や芸、政に従うに於いて何か有らん。」
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孔子家語・始誅孔子魯の司寇と為り、相の事を摂行し、喜色有り。仲由問いて曰く、「由聞く、君子禍至るも懼れず、福至るも喜ばず、と。今夫子位を得て喜ぶは、何ぞや。」孔子曰く、「然り、是の言有るなり。貴を以て人に下るを楽しむと曰わずや。」
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