孔子家語 / 始誅
孔子為魯司寇,攝行相事,有喜色。仲由問曰:「由聞君子禍至不懼,福至不喜。今夫子得位而喜,何也?」孔子曰:「然,有是言也。不曰樂以貴下人乎?」
新字:孔子為魯司寇,摂行相事,有喜色。仲由問曰:「由聞君子禍至不懼,福至不喜。今夫子得位而喜,何也?」孔子曰:「然,有是言也。不曰楽以貴下人乎?」
書き下し
孔子魯の司寇と為り、相の事を摂行し、喜色有り。仲由問いて曰く、「由聞く、君子禍至るも懼れず、福至るも喜ばず、と。今夫子位を得て喜ぶは、何ぞや。」孔子曰く、「然り、是の言有るなり。貴を以て人に下るを楽しむと曰わずや。」
現代語訳
孔子が魯の司寇(司法長官)となり、宰相の職務も代行することになったとき、喜びの表情を浮かべた。仲由(子路)が「私はこう聞いています。君子は災いが来ても恐れず、幸福が来ても喜ばないものだと。今、先生は高い地位を得て喜んでおられますが、それはなぜですか」と尋ねた。孔子は「その通り、そう言われている。だが、身分の高い者が謙って人の下に立つことを楽しむ、という言葉もあるではないか」と答えた。
解説
この章は、地位を得て喜ぶ孔子の姿と、それを君子の理想像に照らして問い質す子路とのやり取りを描いています。孔子は「禍福に動じない」という一般論を認めつつ、自らの喜びを「高い地位にありながら謙虚に人へ下ることを楽しむ」という別の観点から正当化しています。これは、地位や成功そのものを喜ぶのではなく、それによって民のために働ける機会を得たことを喜ぶという含意を持つ言葉です。現代においても、昇進や権限の拡大を手放しに喜ぶのではなく、それをどう人のために使うかという視点を持つことの大切さを示唆しています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
子路司寇喜色謙譲孔子
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