礼記 / 礼器
禮,時為大,順次之,體次之,宜次之,稱次之。堯授舜,舜授禹。湯放桀,武王伐紂。時也。《詩》云:「匪革其猶,聿追來孝。」 天地之祭,宗廟之事,父子之道,君臣之義,倫也。 社稷山川之事,鬼神之祭,體也。
新字:礼,時為大,順次之,体次之,宜次之,称次之。堯授舜,舜授禹。湯放桀,武王伐紂。時也。《詩》云:「匪革其猶,聿追来孝。」 天地之祭,宗廟之事,父子之道,君臣之義,倫也。 社稷山川之事,鬼神之祭,体也。
書き下し
礼は、時を大と為し、順之に次ぎ、体之に次ぎ、宜之に次ぎ、称(しょう)之に次ぐ。堯は舜に授け、舜は禹に授く。湯は桀を放ち、武王は紂を伐つ。時なり。詩に云う、「其の猶(はかりごと)を革(あらた)むるに匪(あら)ず、聿(ここ)に来孝を追う」と。 天地の祭、宗廟の事、父子の道、君臣の義は、倫なり。 社稷山川の事、鬼神の祭は、体なり。
現代語訳
礼においては、時にかなうことが最も大切であり、順(道理の順序)がこれに次ぎ、体(ふさわしい形)がこれに次ぎ、宜(適切さ)がこれに次ぎ、称(釣り合い)がこれに次ぐ。堯は位を舜に譲り、舜は禹に譲った。湯王は夏の桀王を追放し、周の武王は殷の紂王を討った。これらは時にかなったことである。『詩経』に「その計画を改めたのではなく、祖先の孝を追い継いだのだ」とある。 天地の祭り、宗廟のこと、父子の道、君臣の義は、倫(順序)である。 社稷や山川のこと、鬼神の祭りは、体である。
解説
礼において重んじるべき五つの基準、時・順・体・宜・称を順に挙げ、説明していく段の前半である。最も大きいのは時で、堯から舜、舜から禹への禅譲も、湯王や武王による放伐も、方法はまったく逆でありながら、いずれも時にかなった礼だとされる。引かれる詩は『詩経』大雅の文王有声で、文王が都を造ったのは計画を改めたのではなく祖先の孝を追い継いだのだという内容であり、変化が実は継承であることを示すために用いられている。続いて天地・宗廟・父子・君臣を倫とし、ここで最初に挙げた順を倫と言い換えていると読める。社稷・山川・鬼神の祭りは、それぞれの対象にふさわしい形があるので体とされる。禅譲と放伐をともに礼にかなうとする大胆さは、孟子の湯武放伐論にも通じる。同じ正しさでも、時が違えば形はまるで違ってよいという見方は、変化の激しい今の判断にも役立つ。
この章句が説くこと
礼記時禅譲放伐礼器
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