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礼記 / 礼運

「何謂人情?喜、怒、哀、懼、愛、惡、欲,七者,弗學而能。何謂人義?父慈、子孝、兄良、弟弟、夫義、婦聽、長惠、幼順、君仁、臣忠,十者,謂之人義。講信脩睦,謂之人利。爭奪相殺,謂之人患。故聖人之所以治人七情,脩十義,講信脩睦,尚辭讓,去爭奪,舍禮何以治之?飲食男女,人之大欲存焉。死亡貧苦,人之大惡存焉。故欲惡者,心之大端也。人藏其心,不可測度也,美惡皆在其心,不見其色也,欲一以窮之,舍禮何以哉?

新字:「何謂人情?喜、怒、哀、懼、愛、悪、欲,七者,弗学而能。何謂人義?父慈、子孝、兄良、弟弟、夫義、婦聴、長恵、幼順、君仁、臣忠,十者,謂之人義。講信脩睦,謂之人利。争奪相殺,謂之人患。故聖人之所以治人七情,脩十義,講信脩睦,尚辞譲,去争奪,舎礼何以治之?飲食男女,人之大欲存焉。死亡貧苦,人之大悪存焉。故欲悪者,心之大端也。人蔵其心,不可測度也,美悪皆在其心,不見其色也,欲一以窮之,舎礼何以哉?

書き下し

何をか人情と謂う。喜・怒・哀・懼・愛・悪・欲、七者は学ばずして能くす。何をか人義と謂う。父は慈、子は孝、兄は良、弟は弟(てい)、夫は義、婦は聴、長は恵、幼は順、君は仁、臣は忠、十者、之を人義と謂う。信を講じ睦を脩むる、之を人利と謂う。争奪して相殺す、之を人患と謂う。故に聖人の人の七情を治め、十義を脩め、信を講じ睦を脩め、辞譲を尚び、争奪を去る所以は、礼を舎(す)てて何を以て之を治めんや。飲食男女は、人の大欲存す。死亡貧苦は、人の大悪存す。故に欲悪は、心の大端なり。人其の心を蔵して、測度すべからざるなり。美悪皆其の心に在りて、其の色に見(あら)われず。一以て之を窮めんと欲せば、礼を舎てて何を以てせんや。

現代語訳

人情とは何か。喜び・怒り・哀しみ・懼れ・愛・憎しみ・欲の七つで、これらは学ばなくても自然にできるものである。人義とは何か。父は慈しみ、子は孝行し、兄は善良で、弟は兄に従順で、夫は義を守り、妻は夫の言葉に耳を傾け、年長者は恵み深く、年少者は素直で、君は仁愛をもち、臣は忠実である。この十を人義という。信義を重んじて睦まじさを修めることを人の利といい、争い奪い合って殺し合うことを人の患いという。だから聖人が人の七つの情を治め、十の義を修め、信義を重んじて睦まじさを修め、謙譲を尊び、争い奪い合いを取り除こうとするとき、礼を捨てて何によって治めることができようか。飲むこと食べること、男女の交わりには、人の大きな欲望がある。死や貧しさ苦しみには、人の大きな嫌悪がある。だから欲望と嫌悪は心の大きな発端である。人は心を内に隠していて、外から推し量ることはできない。善いものも悪いものもすべて心の中にあって、顔色には現れない。それを一つの筋道で究めようとするなら、礼を捨てて何によってできようか。

解説

礼運篇でもっともよく引かれる段の一つで、人情と人義を定義している。人情は喜・怒・哀・懼・愛・悪・欲の七情で、学ばずとも備わる。これに対し人義は父子・兄弟・夫婦・長幼・君臣の五組の間で互いに求められる十の徳で、学んで身につけるものである。人の心は外から測れず、善も悪も内に隠れているが、飲食男女への大欲と、死亡貧苦への大悪という二つの大きな動きは誰にも共通する。だからこそ、その共通の欲と悪を礼という共通の型で節することができる、というのがこの段の論理である。欲望を否定するのではなく、誰もが持つものとして認めたうえで治めようとする点で、荀子の礼論と響き合うところが大きい。「七情」の語は後世の儒学で心を論じる際の基本語となった。自分の欲と嫌悪を見きわめることは、今も人間関係を整える第一歩である。

この章句が説くこと

礼記七情十義人情礼運

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