孔子家語 / 禮運
何謂人情?喜怒哀懼愛惡欲,七者弗學而能;何謂人義?父慈子孝,兄良弟悌,夫義婦聽,長惠幼順,君仁臣忠;十者謂之人義。講信修睦,謂之人利;爭奪相殺,謂之人患。聖人之所以治人七情,修十義,講信修睦,尚辭讓,去爭奪,舍禮何以治之?飲食男女,人之大欲存焉;死亡貧苦,人之大惡存焉。欲、惡者,人之大端。人藏其心,不可測度。美惡皆在其心,不見其色。欲一以窮之,舍禮何以哉?故人者:天地之德,陰陽之交,鬼神之會,五行之秀。天秉陽,垂日星;地秉陰,載於山川。播五行於四時,和四氣而後月生。是以三五而盈,三五而缺。五行之動,共相竭也。五行、四氣、十二月,還相為本;五聲、五律、十二管,還相為宮;五味、六和、十二食,還相為質;五色、六章、十二衣,還相為主。故人者:天地之心,而五行之端,食味別聲被色而生者。
新字:何謂人情?喜怒哀懼愛悪欲,七者弗学而能;何謂人義?父慈子孝,兄良弟悌,夫義婦聴,長恵幼順,君仁臣忠;十者謂之人義。講信修睦,謂之人利;争奪相殺,謂之人患。聖人之所以治人七情,修十義,講信修睦,尚辞譲,去争奪,舎礼何以治之?飲食男女,人之大欲存焉;死亡貧苦,人之大悪存焉。欲、悪者,人之大端。人蔵其心,不可測度。美悪皆在其心,不見其色。欲一以窮之,舎礼何以哉?故人者:天地之徳,陰陽之交,鬼神之会,五行之秀。天秉陽,垂日星;地秉陰,載於山川。播五行於四時,和四気而後月生。是以三五而盈,三五而欠。五行之動,共相竭也。五行、四気、十二月,還相為本;五声、五律、十二管,還相為宮;五味、六和、十二食,還相為質;五色、六章、十二衣,還相為主。故人者:天地之心,而五行之端,食味別声被色而生者。
書き下し
何をか人情と謂う。喜怒哀懼愛惡欲、七者は學ばずして能くす。何をか人義と謂う。父は慈しみ子は孝、兄は良く弟は悌、夫は義しく婦は聽き、長は惠み幼は順い、君は仁にして臣は忠なり。十者之を人義と謂う。信を講じ睦を修む、之を人利と謂う。爭奪相殺す、之を人患と謂う。聖人の人の七情を治め、十義を修め、信を講じ睦を修め、辭讓を尚び、爭奪を去る所以は、禮を舍きて何を以て之を治めん。飲食男女は、人の大欲存する所なり。死亡貧苦は、人の大惡存する所なり。欲惡は、人の大端なり。人其の心を藏して、測度す可からず。美惡皆其の心に在りて、其の色に見れず。一に之を窮めんと欲すれば、禮を舍きて何を以てせんや。故に人は:天地の德、陰陽の交わり、鬼神の會、五行の秀なり。天は陽を秉りて、日星を垂れ、地は陰を秉りて、山川に載す。五行を四時に播き、四氣を和して後に月生ず。是を以て三五にして盈ち、三五にして缺く。五行の動くや、共に相竭くなり。五行四氣十二月は、還って相本と爲り、五聲五律十二管は、還って相宮と爲り、五味六和十二食は、還って相質と爲り、五色六章十二衣は、還って相主と爲る。故に人は:天地の心にして、五行の端、味を食し聲を別ち色を被りて生ずる者なり。
現代語訳
何を人情というのか。喜び・怒り・悲しみ・恐れ・愛情・憎悪・欲望、この七つは学ばずとも自然に備わっている。何を人義というのか。父は子に慈しみ深く、子は父に孝行し、兄は弟に良くし、弟は兄を敬い、夫は道理をわきまえ、妻はそれに従い、年長者は年少者を思いやり、年少者は素直に従い、君主は仁愛をもって臨み、臣下は忠誠を尽くす。この十のことを人義という。信義を語り合い、和睦を修めることを人利という。争い奪い合い、殺し合うことを人患という。聖人が人の七情を治め、十の人義を修め、信義を語り睦みを修め、辞退と譲り合いを尊び、争奪を取り除こうとするならば、礼をおいて他にどうしてそれを治めることができようか。飲食と男女の情は、人の大きな欲望が存するところである。死や貧苦は、人の大きな嫌悪が存するところである。欲望と嫌悪は、人の心の大きな両端である。人は自分の心の内を隠していて、はかり知ることができない。美しい心も悪しき心も、みなその心の中にあって、表情には現れない。これを一つに極めて突き止めようとするならば、礼をおいて他にどうしてそれができようか。だから人というものは、天地の徳、陰陽の交わり、鬼神の会合、五行の秀でたものである。天は陽の気を保ち、日と星を垂れ示す。地は陰の気を保ち、山や川にその働きを載せる。五行を四季に配し、四気(春夏秋冬の気)が調和して初めて月が生まれる。だから月は十五日で満ち、十五日で欠ける。五行の運行は、互いに次々と働き尽くしていく。五行・四気・十二か月は、互いに循環して音楽の基本音となり、五声・五律・十二管は、互いに循環して宮音となり、五味・六和・十二の食は、互いに循環して料理の質となり、五色・六章・十二の衣は、互いに循環して主たる色となる。だから人というものは、天地の心であり、五行の先端であり、味を食べ、音を聞き分け、色をまとって生きる存在なのである。
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・禮運夫れ禮は:必ず太一に本づき、分れて天地と爲り、轉じて陰陽と爲り、變じて四時と爲り、列して鬼神と爲る。其の降るを命と曰い、其の天に官たるなり。分藝に協い、其の人に居るを、養と曰う。信を講じ睦を修め、人の肌膚の會、筋骸の束を固くする所以なり。生を養い死を送り、鬼神に事うるの大端なる所以なり。天道に達し、人情の大竇に順う所以なり。唯だ聖人のみ禮の以て已む可からざるを知ると爲す。故に國を破り家を喪い人を亡ぼすは、必ず先ず其の禮を去る。禮の人に於けるや、猶お酒の糱有るがごとし。君子は以て厚く、小人は以て薄し。聖人義の柄、禮の序を修めて、以て人情を治む。人情は、聖王の田なり。禮を修めて以て之を耕し、義を陳ねて以て之を種え、學を講じて以て之を耨し、仁を本づけて以て之を聚め、樂を播きて以て之を安んず。故に禮は、義の實なり。諸を義に協えて協えば則ち禮なり、先王未だ義を以て起す可からずと雖も。義は、藝の分、仁の節なり。藝に協い、仁に講ず。之を得る者は強く、之を失う者は喪う。仁は、義の本、順の體なり。之を得る者は尊し。故に國を治むるに禮を以てせざるは、猶お耜無くして耕すがごとし。禮を爲して義に本づかざるは、猶お之を耕して種えざるがごとし。義を爲して學に講ぜざるは、猶お種えて耨せざるがごとし。之を學を以て講じて、仁を以て合せざるは、猶お耨して獲ざるがごとし。之を仁を以て合して、樂を以て之を安んぜざるは、猶お獲て食わざるがごとし。之を樂を以て安んじて、順に達せざるは、猶お食いて肥えざるがごとし。
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『淮南子』本經訓仁鄙 齊しからず、比周朋黨し、詐諝を設け、機械巧故の心を懷きて、性 失わる。是を以て義を貴ぶ。陰陽の情、血氣の感有らざる莫く、男女 群居雜處して別無し。是を以て禮を貴ぶ。性命の情、淫して相い脅かし、已むを得ざるを以てすれば則ち和せず。是を以て樂を貴ぶ。是の故に仁義禮樂なる者は、以て敗を救う可くして、通治の至りに非ざるなり。夫れ仁なる者は、爭いを救う所以なり。義なる者は、失を救う所以なり。禮なる者は、淫を救う所以なり。樂なる者は、憂いを救う所以なり。神明 天下に定まりて、心 其の初めに反る。心 其の初めに反りて、民の心 善なり。民の心 善にして天地陰陽 從いて之を包めば、則ち財足りて人 澹らかなり。貪鄙忿爭 生ずるを得ず。此に由りて之を觀れば、則ち仁義 用いられず。道德 天下に定まりて民 純樸なれば、則ち目は色に營まれず、耳は聲に淫せず、坐俳して歌謠し、髮を被りて浮游し、毛嬙・西施の色有りと雖も、說ぶを知らざるなり。掉羽・武象も、樂しむを知らざるなり。淫諝 別無く、生ずるを得ず。此に由りて之を觀れば、禮樂 用いられざるなり。是の故に德 衰えて然る後に仁生じ、行い沮みて然る後に義立ち、和 失われて然る後に聲 調い、禮 淫にして然る後に容 飾る。是の故に神明を知りて然る後に道德の為すに足らざるを知り、道德を知りて然る後に仁義の行うに足らざるを知り、仁義を知りて然る後に禮樂の修むるに足らざるを知る。今 其の本に背きて其の末を求め、其の要を釋てて之を詳に索むるは、未だ與に至りを言う可からず。
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孔子家語・禮運聖人則を作るに、必ず天地を以て本と爲し、陰陽を以て端と爲し、四時を以て柄と爲し、日星を以て紀と爲し、月を以て量と爲し、鬼神を以て徒と爲し、五行を以て質と爲し、禮義を以て器と爲し、人情を以て田と爲し、四靈を以て畜と爲す。天地を以て本と爲す、故に物舉ぐ可し。陰陽を以て端と爲す、故に情睹る可し。四時を以て柄と爲す、故に事勸む可し。日星を以て紀と爲す、故に業別つ可し。月を以て量と爲す、故に功藝有り。鬼神を以て徒と爲す、故に事守有り。五行を以て質と爲す、故に事復す可きなり。禮義を以て器と爲す、故に事行に考有り。人情を以て田と爲す、故に人以て奧と爲す。四靈を以て畜と爲す、故に飲食由有り。何をか四靈と謂う。麟、鳳、龜、龍、之を四靈と謂う。故に龍を以て畜と爲せば、魚鮪諗せず。鳳を以て畜と爲せば、鳥獝せず。麟を以て畜と爲せば、獸狘せず。龜を以て畜と爲せば、人情失わず。
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荀子・礼論篇故に情貌の変は、以て吉凶を別ち、貴賎親疎の節を明らかにするに足れば、期に止まる。是を外るるは、姦なり。難しと雖も、君子は之を賤しむ。故に食を量りて之を食らひ、要を量りて之を帯し、毀瘠を以て相ひ高しとするは、是れ姦人の道にして、礼義の文に非ざるなり、孝子の情に非ざるなり。将に以て為す有らんとする者なり。故に説豫・娩沢と、憂戚・萃悪とは、是れ吉凶憂愉の情の顔色に発する者なり。歌謡・謷笑と、哭泣・諦号とは、是れ吉凶憂愉の情の声音に発する者なり。芻豢・稲梁・酒醴と、餰鬻・魚肉・菽藿・酒漿とは、是れ吉凶憂愉の情の食飲に発する者なり。卑絻・黼黻・文織と、資麤・衰絰・菲繐・菅屨とは、是れ吉凶憂愉の情の衣服に発する者なり。疏房・檖貌・越席・床笫・几筵と、属茨・倚廬・席薪・枕塊とは、是れ吉凶憂愉の情の居処に発する者なり。両情なる者は、人生まれながらに固より端有り。若し夫れ之を断ち之を継ぎ、之を博くし之を浅くし、之を益し之を損し、之を類し之を尽くし、之を盛んにし之を美にして、本末終始をして順比せざる莫からしめ、以て万世の則と為すに足らしむるは、則ち是れ礼なり。順孰脩為の君子に非ざれば、之を能く知る莫きなり。
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孔子家語・禮運夫れ禮は、君の柄なり。嫌を別ち微を明らかにし、鬼神を儐し、制度を考え、仁義を列ね、政教を立て、君臣上下を安んずる所以なり。故に政正しからざれば、則ち君位危うし。君位危うければ、則ち大臣倍き、小臣竊む。刑肅にして俗弊るれば、則ち法常無し。法常無ければ、則ち禮別無し。禮別無ければ、則ち士仕えず、民歸せず。是を疵國と謂う。是の故に夫れ政は、君の身を藏する所以なり。必ず之を天に本づけ、效して以て命を降す。命社に降るは、之を地に效うと謂う。祖廟に降るは、之を仁義と謂う。山川に降るは、之を興作と謂う。五祀に降るは、之を制度と謂う。此れ聖人の身を藏するを固くする所以なり。聖人天地に參わり、鬼神に並びて以て政を治む。其の存する所に處るは、禮の序なり。其の樂しむ所を翫ぶは、民の治なり。天は時を生じ、地は財を生じ、人は其の父生みて師教う。四者君政を以て之を用う、無過の地に立つ所以なり。
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