礼記 / 礼運
「故玄酒在室,醴、醆在戶,粢醍在堂,澄酒在下。陳其犧牲,備其鼎、俎,列其琴、瑟、管、磬、鍾、鼓,脩其祝、嘏,以降上神與其先祖。以正君臣,以篤父子,以睦兄弟,以齊上下,夫婦有所。是謂承天之祜。
新字:「故玄酒在室,醴、醆在戸,粢醍在堂,澄酒在下。陳其犠牲,備其鼎、俎,列其琴、瑟、管、磬、鍾、鼓,脩其祝、嘏,以降上神与其先祖。以正君臣,以篤父子,以睦兄弟,以斉上下,夫婦有所。是謂承天之祜。
書き下し
故に玄酒は室に在り、醴(れい)・醆(さん)は戸に在り、粢醍(しだい)は堂に在り、澄酒は下に在り。其の犠牲を陳ね、其の鼎・俎を備え、其の琴・瑟・管・磬・鍾・鼓を列ね、其の祝・嘏(か)を脩め、以て上神と其の先祖とを降す。以て君臣を正し、以て父子を篤くし、以て兄弟を睦まじくし、以て上下を斉え、夫婦所有り。是を天の祜(さいわい)を承くと謂う。
現代語訳
だから祭りでは、玄酒(げんしゅ、酒の代わりに供える清水)を室の奥に置き、醴(甘酒)と醆(白く濁った酒)を戸口に置き、粢醍(赤みを帯びた酒)を堂上に置き、澄んだ酒を堂の下に置く。犠牲を並べ、鼎(かなえ、煮炊きの器)や俎(まないた状の供物台)を備え、琴・瑟・管・磬(けい、石の打楽器)・鐘・太鼓を並べ、祝(神に告げることば)と嘏(か、尸が神に代わって祝福を返すことば)を整えて、天上の神々と祖先の霊を降臨させる。それによって君臣の分を正し、父子の情を厚くし、兄弟を睦まじくし、上下の秩序を整え、夫婦もそれぞれあるべき所を得る。これを天の福を受けるという。
解説
宗廟の祭りの配置を述べる段である。玄酒を室の奥に、醴・醆を戸口に、粢醍を堂上に、澄酒を堂下にと、古いものほど奥の尊い位置に置く。玄酒は実はただの水であり、酒がまだ無かった太古を記念してもっとも尊い場所に据えられる。前の段で語られた礼の起源を、祭りの配置によって毎回思い起こすしくみになっているのである。犠牲・器・楽器・祝嘏を整えて神と祖先を迎える祭りは、単に神霊を喜ばせるだけでなく、そこに参列する君臣・父子・兄弟・夫婦の関係を正す場でもあった。一族が同じ祭りの場に並び、それぞれの位置に立つこと自体が、人間関係の秩序を目に見える形にする。家族が年に何度か集まり、決まった順序で席に着く習わしは、今も関係を確かめ直す機会になっている。
この章句が説くこと
礼記祭祀玄酒宗廟礼運
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