礼記 / 礼運
「作其祝號,玄酒以祭,薦其血、毛,腥其俎,孰其殽,與其越席,疏布以冪,衣其澣帛,醴、醆以獻,薦其燔、炙,君與夫人交獻,以嘉魂魄,是謂合莫。 「然後退而合亨,體其犬豕牛羊,實其簠、簋、籩、豆、鉶羹。祝以孝告,嘏以慈告,是謂大祥。此禮之大成也。
新字:「作其祝号,玄酒以祭,薦其血、毛,腥其俎,孰其殽,与其越席,疏布以冪,衣其澣帛,醴、醆以献,薦其燔、炙,君与夫人交献,以嘉魂魄,是謂合莫。 「然後退而合亨,体其犬豕牛羊,実其簠、簋、籩、豆、鉶羹。祝以孝告,嘏以慈告,是謂大祥。此礼之大成也。
書き下し
其の祝号を作り、玄酒以て祭り、其の血・毛を薦め、其の俎を腥(なま)にし、其の殽(こう)を孰(に)、其の越席(かっせき)と与(とも)にし、疏布以て冪(おお)い、其の澣帛(かんぱく)を衣(き)、醴・醆以て献じ、其の燔・炙を薦め、君と夫人と交々(こもごも)献じ、以て魂魄を嘉(よみ)す。是を合莫(ごうばく)と謂う。 然る後に退きて合亨(ごうほう)し、其の犬豕牛羊を体(わか)ち、其の簠(ほ)・簋(き)・籩(へん)・豆・鉶羹(けいこう)に実(み)たす。祝は孝を以て告げ、嘏は慈を以て告ぐ。是を大祥と謂う。此れ礼の大成なり。
現代語訳
祝の唱える神々と供物の美称を定め、玄酒を供えて祭り、犠牲の血と毛を献じ、俎には生肉を載せ、骨付きの肉を煮て供え、蒲で編んだ越席(かっせき、粗い敷物)を敷き、目の粗い布で酒器を覆い、洗いざらした絹の祭服を着て、醴と醆を献じ、焼いた肉とあぶった肉を供え、君と夫人がかわるがわる献杯して、祖先の魂魄を喜ばせる。これを合莫(ごうばく、神霊と冥合すること)という。 そのあと退いて犠牲の肉をまとめて煮直し、犬・豚・牛・羊を部位ごとに切り分け、簠(ほ)・簋(き、穀物を盛る器)・籩(へん、竹の器)・豆(高坏)・鉶羹(けいこう、汁物)に盛りつける。祝は子孫の孝の心を神に告げ、嘏は祖先の慈しみを子孫に告げる。これを大祥(大いなる吉)という。これが礼の大いなる完成である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之三母没すれば則ち父祭主と為るは、古の礼なり。今や父祭礼を知らずんば、則ち其の子祭主と為りて、其の母を祭るべきか。然らずんば則ち祭らずして子道を廃す。之を為すこと如何。苟も父祭主と為らずんば、則ち母の神主に於て、当に之を書すること如何すべき。恐らくは父在す時、孝子某奉祀と書し難からん。二者請ふ父に問ひ、時宜を斟酌して、惟れ可なり。
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『慎思録』巻之三礼に曰く、祭は数々ならんことを欲せず。数々なれば則ち瀆る、と。夫れ忌日は、一歳に一日のみ。今の倭俗の如きは毎月忌日と称し、素饌薦奠す。固より正礼に非ず。故に先輩世俗に乖きて月忌を行はざる者有り。窃かに謂ふ、本邦元来三年の喪無し。古制に期喪有りと雖も、復た此の礼を廃すること久し。是を以て孝子の心安んずる能はず。月忌の如きは、古礼に非ずと雖も、然れども国俗の同じく行ふ所にして、幼より之を習ふこと既に久し。遽かに廃するに忍びず。姑く其の厚きに従ひて、俗に同じうするも亦可なり。苟も断然として之を廃して行はずんば、恐らくは忍刻に幾からん。
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詩経・大雅・生民之什・既酔既酔(きすい)は、大平(たいへい)なり。酒に酔い徳に飽きて、人に士君子の行い有り。 既に酔うに酒を以てし、既に飽くに徳を以てす。君子万年、爾(なんじ)の景福を介(たす)けん。 既に酔うに酒を以てし、爾の殽(こう)既に将(すす)む。君子万年、爾の昭明を介けん。 昭明融(ゆう)たる有り、高朗にして令終あり。令終俶(はじめ)有り、公尸(こうし)嘉(よ)く告ぐ。 其の告ぐること維(こ)れ何ぞ。籩豆(へんとう)静嘉なり。朋友の摂(たす)くる攸(ところ)、摂くるに威儀を以てす。 威儀孔(はなは)だ時(よ)く、君子孝子有り。孝子匱(とぼ)しからず、永く爾に類を錫(たま)う。 其の類は維れ何ぞ。室家の壼(こん)。君子万年、永く祚胤(そいん)を錫う。 其の胤は維れ何ぞ。天爾に禄を被らしむ。君子万年、景命僕(つ)く有り。 其の僕は維れ何ぞ。爾に女士を釐(たま)う。爾に女士を釐い、従うに孫子を以てす。
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礼記・祭義孝子将に祭祀せんとするや、必ず斉荘(さいそう)の心有りて以て事を慮(おもんぱか)り、以て服物を具え、以て宮室を修め、以て百事を治む。祭の日に及びては、顔色必ず温かに、行い必ず恐れ、愛に及ばざるを懼るるが如く然り。その奠(てん)するや、容貌必ず温かに、身必ず詘(かが)め、語りて未だしが如く然り。宿者皆出づれば、その立つこと卑静にして以て正しく、将に見ざらんとするが如く然り。祭の後に及びては、陶陶遂遂(ようようすいすい)として、将に復た入らんとするが如く然り。是の故に、愨善(かくぜん)身に違わず、耳目心に違わず、思慮親に違わず。諸を心に結び、諸を色に形(あら)わして、術(の)べてこれを省(かえり)みる。孝子の志なり。 国の神位を建つるには、社稷を右にして宗廟を左にす。
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孔子家語・哀公問政宰我、孔子に問いて曰わく、「吾鬼神の名を聞くも、謂う所を知らず。敢えて焉を問う。」孔子曰わく、「人生まれて気有り、魂有り。気とは、人の盛んなるものなり。夫れ生あれば必ず死し、死すれば必ず土に帰す、此れを鬼と謂う。魂気天に帰す、此れを神と謂う。鬼と神とを合わせて之れを享くるは、教えの至りなり。骨肉下に弊れ、化して野土と為る。其の気上に発揚する者は、此れ神の著なり。聖人物の精に因りて、制して之れが極と為す。鬼神を明命して、以て民の則と為すも、猶お是を以て未だ足らずと為すなり。故に築きて宮室と為し、設けて宗祧と為す。春秋に祭祀して、以て親疏を別つ。民に古に反り始めに復るを教え、敢えて其の由りて生ずる所を忘れざらしむるなり。衆人此れより服し且つ速やかに聴く、教うるに二端を以てす。二端既に立ち、報ゆるに二礼を以てす。朝事を建設し、膻薌を燔燎するは、気に報ゆる所以なり。黍稷を薦め、肺・肝を脩め、加うるに鬱鬯を以てするは、魄に報ゆる所以なり。此れ民に本を修め、始めに反りて愛を崇び、上下情を用うるを教う。礼の至りなり。君子は古に反り始めに復り、其の由りて生ずる所を忘れず、是を以て其の敬を致す。其の情を発し、力を竭くして事に従い、敢えて自ら尽くさざること無し。此れを大教と謂う。昔者、文王の祭るや、死に事うること生に事うるが如く、死を思いて生を欲せず。忌日には則ち必ず哀しみ、諱を称すれば則ち見るが如し。親祀の忠なり。之れを思うこと深く、親の愛する所を見るが如し。祭りて、親の顔色を見んと欲する者は、其れ唯だ文王か。詩に云う、『明発寐ねず、二人を懐う』と。則ち文王の謂いか。祭りの明日、明発寐ねず、二人を懐い、敬いて之れを致し、又た従いて之れを思う。祭りの日は楽と哀と半ばし、之れを饗くれば必ず楽しみ、已に至れば必ず哀しむ。孝子の情なり、文王能く之れを得たりと為す。」
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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