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礼記 / 文王世子

世子之記曰:朝夕至於大寢之門外,問於內豎曰:「今日安否何如?」內豎曰:「今日安。」世子乃有喜色。其有不安節,則內豎以告世子,世子色憂不滿容。內豎言「復初」,然後亦復初。朝夕之食上,世子必在,視寒暖之節。食下,問所膳羞。必知所進,以命膳宰,然後退。若內豎言「疾」,則世子親齊玄而養。膳宰之饌,必敬視之;疾之藥,必親嘗之。嘗饌善,則世子亦能食;嘗饌寡,世子亦不能飽;以至於復初,然後亦復初。

新字:世子之記曰:朝夕至於大寝之門外,問於内豎曰:「今日安否何如?」内豎曰:「今日安。」世子乃有喜色。其有不安節,則内豎以告世子,世子色憂不満容。内豎言「復初」,然後亦復初。朝夕之食上,世子必在,視寒暖之節。食下,問所膳羞。必知所進,以命膳宰,然後退。若内豎言「疾」,則世子親斉玄而養。膳宰之饌,必敬視之;疾之薬,必親嘗之。嘗饌善,則世子亦能食;嘗饌寡,世子亦不能飽;以至於復初,然後亦復初。

書き下し

世子の記に曰く、朝夕に大寝の門外に至り、内豎(ないじゅ)に問いて曰く、「今日安否何如(いかん)」と。内豎曰く、「今日安し」と。世子乃ち喜色有り。其の不安の節有れば、則ち内豎以て世子に告ぐ。世子色憂えて容を満たさず。内豎「初めに復す」と言い、然る後に亦た初めに復す。朝夕の食上(すす)むるに、世子必ず在りて、寒暖の節を視る。食下(さ)がれば、膳(せん)する所の羞(しゅう)を問う。必ず進むる所を知りて、以て膳宰に命じ、然る後に退く。若し内豎「疾(やまい)あり」と言えば、則ち世子親ら斉(さい)し玄して養う。膳宰の饌、必ず敬みて之を視る。疾の薬は、必ず親ら之を嘗む。饌を嘗むること善ければ、則ち世子も亦た能く食う。饌を嘗むること寡なければ、世子も亦た飽くこと能わず。以て初めに復するに至りて、然る後に亦た初めに復す。

現代語訳

世子(跡継ぎの太子)の心得を記したものにいう。朝と夕に父である君の寝殿の門の外まで行き、内豎(ないじゅ、奥向きに仕える小姓)に「今日のご様子はいかがか」と尋ねる。内豎が「今日はお健やかです」と答えると、世子は喜びの色を浮かべる。もし具合の悪いところがあれば、内豎はそれを世子に告げ、世子は憂いの色を浮かべ、身なりも整えきれないほどになる。内豎が「元に戻られました」と言って、はじめて世子も元の様子に戻る。朝夕の食事を差し上げるときには、世子は必ずその場に居て、料理の冷たさ温かさの加減を見る。食事が下げられると、どの料理を召し上がったかを尋ねる。何を召し上がったかを必ず確かめてから膳宰(料理を掌る役人)に指示し、それから退く。もし内豎が「ご病気です」と言えば、世子は自ら斎戒して玄服(黒い礼服)を着け、看病する。膳宰の用意する料理は必ずつつしんで点検し、病の薬は必ず自分で先に嘗めて確かめる。父が料理をよく召し上がれば世子もよく食べ、父の召し上がる量が少なければ世子も腹一杯には食べない。父が元の健康に戻ると、世子もはじめて元の暮らしに戻る。

解説

文王世子篇の結びに置かれた「世子の記」で、跡継ぎが父である君に仕える日々の作法を定めている。朝夕の安否の問い、食事の温度の確認、召し上がった品の把握、病のときの斎戒と薬の毒見と、細かな手順が並ぶが、根にあるのは親の心身の状態を自分のことのように受け止める姿勢である。父がよく食べれば自分も食べ、食が細ければ自分も満腹しないというくだりに、それがよく表れている。篇の冒頭には、文王が世子であったとき、父の王季に日に三度朝し、同じように食事を気遣ったことが記されており、この段はそれを一般の世子の規範としてまとめたものである。『論語』で孔子が、親を養うだけなら犬馬にもできると述べ、敬を求めたことにも通じる。離れて暮らす親の様子をこまめに尋ねることは、今も変わらない孝の第一歩である。

この章句が説くこと

礼記孝世子看病文王世子

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