礼記 / 文王世子
是故聖人之記事也,慮之以大,愛之以敬,行之以禮,修之以孝養,紀之以義,終之以仁。是故古之人一舉事而眾皆知其德之備也。古之君子,舉大事,必慎其終始,而眾安得不喻焉?《兌命》曰:「念終始典於學。」
新字:是故聖人之記事也,慮之以大,愛之以敬,行之以礼,修之以孝養,紀之以義,終之以仁。是故古之人一舉事而衆皆知其徳之備也。古之君子,舉大事,必慎其終始,而衆安得不喩焉?《兌命》曰:「念終始典於学。」
書き下し
是の故に聖人の事を記すや、之を慮るに大を以てし、之を愛するに敬を以てし、之を行うに礼を以てし、之を修むるに孝養を以てし、之を紀(しる)すに義を以てし、之を終うるに仁を以てす。是の故に古の人は一たび事を挙げて、衆皆其の徳の備わるを知るなり。古の君子は、大事を挙ぐるに、必ず其の終始を慎む。而して衆安(いずく)んぞ喩(さと)らざるを得んや。兌命(えつめい)に曰く、「終始を念い、学に典(つね)にす」と。
現代語訳
このように聖人が事を行うときには、大きな見地からそれを考え、敬意をもってそれを大切にし、礼にのっとってそれを行い、孝養の心でそれを修め、義によってそれを筋道立て、仁によってそれを締めくくる。だから昔の人は、一つの事を行うだけで、人々はみなその徳がすべて備わっていることを知ったのである。昔の君子は大事を行うとき、必ずその始めと終わりをつつしんだ。そうであれば人々がどうして悟らずにいられようか。『兌命(えつめい、尚書の説命篇)』に「始めから終わりまで常に学ぶことを思う」とある。
解説
前段の天子視学と養老の礼をまとめ、その意味を説く段である。慮・愛・行・修・紀・終の六つの動詞に、大・敬・礼・孝養・義・仁を配し、一つの儀式の中に徳目がすべて込められていることを示す。人々は説教によってではなく、一度の行事をよく行う姿を見て徳を知る、というのがこの段の要点である。とくに「必ず其の終始を慎む」とあるのは、儀式の始まりに先聖を祭り、終わりに諸侯へ老幼を養えと命じた前段の構成そのものを指している。引かれる『兌命』は『尚書』の説命篇で、殷の高宗に傅説が説いた言葉とされ、同じ句は『礼記』学記篇にも引かれている。始めと終わりを疎かにしないことは、会議でも行事でも仕事の引き継ぎでも変わらない。人は中身よりも先に、始め方と締め方で相手の誠実さを見ているものである。
この章句が説くこと
礼記終始学仁文王世子
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