礼記 / 文王世子
天子視學,大昕鼓徵,所以警眾也。眾至,然後天子至。乃命有司行事。興秩節,祭先師先聖焉。有司卒事,反命。始之養也:適東序,釋奠於先老,遂設三老五更群老之席位焉。適饌省醴,養老之珍,具;遂發詠焉,退修之以孝養也。反,登歌清廟,既歌而語,以成之也。言父子、君臣、長幼之道,合德音之致,禮之大者也。下管《象》,舞《大武》。大合眾以事,達有神,興有德也。正君臣之位、貴賤之等焉,而上下之義行矣。有司告以樂闋,王乃命公侯伯子男及群吏曰:「反!養老幼於東序。」終之以仁也。
新字:天子視学,大昕鼓徴,所以警衆也。衆至,然後天子至。乃命有司行事。興秩節,祭先師先聖焉。有司卒事,反命。始之養也:適東序,釈奠於先老,遂設三老五更群老之席位焉。適饌省醴,養老之珍,具;遂発詠焉,退修之以孝養也。反,登歌清廟,既歌而語,以成之也。言父子、君臣、長幼之道,合徳音之致,礼之大者也。下管《象》,舞《大武》。大合衆以事,達有神,興有徳也。正君臣之位、貴賤之等焉,而上下之義行矣。有司告以楽闋,王乃命公侯伯子男及群吏曰:「反!養老幼於東序。」終之以仁也。
書き下し
天子学を視るに、大昕(たいきん)に鼓徴(ちょう)するは、衆を警(いまし)むる所以なり。衆至り、然る後に天子至る。乃ち有司に命じて事を行わしむ。秩節を興し、先師・先聖を祭る。有司事を卒(お)えて、命に反(かえ)る。始めて之れ養うや、東序に適(ゆ)き、先老に釈奠(せきてん)し、遂に三老・五更・群老の席位を設く。饌(せん)に適きて醴(れい)を省み、養老の珍、具(そな)わる。遂に詠を発し、退きて之を修むるに孝養を以てす。反(かえ)りて、清廟を登歌し、既に歌いて語り、以て之を成す。父子・君臣・長幼の道を言い、徳音の致(きわ)みを合す。礼の大なる者なり。下に象を管し、大武を舞う。大いに衆を合して以て事とし、神有るに達し、徳有るを興すなり。君臣の位、貴賤の等を正して、上下の義行わる。有司告ぐるに楽闋(や)むを以てすれば、王乃ち公侯伯子男及び群吏に命じて曰く、「反(かえ)りて、老幼を東序に養え」と。之を終うるに仁を以てするなり。
現代語訳
天子が学校を視察するときには、夜明けに太鼓を打って人々を呼び集める。これは人々に心構えをさせるためである。人々が集まってから天子が到着する。そこで役人に命じて儀式を執り行わせる。常の手順どおりに式を進め、先師・先聖(学問の祖である聖人や師)を祭る。役人は儀式を終えると、天子に復命する。 それから養老の礼を始める。天子は東序(学校の東の建物)に行き、先老(昔の老人の賢者)に釈奠(せきてん、酒食を供える祭り)を行い、ついで三老・五更(老臣の中で特に尊ばれる者)と多くの老人たちの席を設ける。天子は料理の所へ行って甘酒を点検し、老人を養う珍しい料理がそろう。そして詩を歌い始め、退いてからは孝の心で老人をもてなす。戻って堂上で『清廟』(周の祖廟の詩)を歌い、歌い終わると言葉を交わして礼を成就させる。父子・君臣・長幼の道を語り合い、徳ある言葉の極みを一つに合わせる。これは礼のうちでも大いなるものである。堂の下では管楽器で『象』を奏で、『大武』(武王の功を表す舞)を舞う。多くの人々を大いに集めて事に当たり、神々の心に通じ、徳ある者を奮い立たせる。君臣の位と貴賤の等級を正すことで、上下の筋道が行われる。役人が音楽の終わりを告げると、王は公侯伯子男の諸侯と役人たちに命じて言う。「帰って、それぞれの国の東序で老人と幼い者を養え」。こうして仁をもって締めくくるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
礼記・祭義天子四学を設け、学に入るに当たりては、大子(たいし)も歯(よわい)す。天子巡守(じゅんしゅ)すれば、諸侯竟(さかい)に待つ。天子先ず百年の者を見る。八十・九十の者東に行けば、西に行く者敢えて過ぎず。西に行けば、東に行く者敢えて過ぎず。政を言わんと欲する者は、君これに就きて可なり。 一命は郷里に歯し、再命は族に歯し、三命は歯せず。族に七十の者有れば、敢えて先んぜず。七十の者は、大故(たいこ)有らざれば朝に入らず。若し大故有りて入らば、君必ずこれと揖譲(ゆうじょう)して、而る後に爵ある者に及ぶ。
-
礼記・文王世子凡そ祭と養老と、乞言(きつげん)と、合語の礼とは、皆小楽正之を東序に詔う。大楽正は干戚(かんせき)を舞い、語説し、乞言を命ずることを学ばしめ、皆大楽正数を授け、大司成は説を東序に論ず。凡そ大司成に侍坐する者は、遠近三席を間(へだ)て、以て問うべし。終われば則ち墻(かき)を負い、列事未だ尽きずんば、問わず。
-
礼記・文王世子凡そ学は、春に官ごとに其の先師に釈奠(せきてん)し、秋冬も亦た之の如くす。凡そ始めて学を立つる者は、必ず先聖先師に釈奠す。事を行うに及びては、必ず幣を以てす。凡そ釈奠する者は、必ず合する有り、国の故有れば則ち否ず。凡そ大いに楽を合すれば、必ず遂に老を養う。 凡そ郊に語る者は、必ず賢を取り才を斂(おさ)む。或いは徳を以て進み、或いは事を以て挙げられ、或いは言を以て揚げらる。曲芸は皆之を誓(つつし)ましめ、以て又語るを待つ。三にして一有らば、乃ち其の等を進め、其の序を以てし、之を郊人と謂い、之を遠ざく。成均に於いて以て爵を上尊に取るに及ぶなり。始めて学を立つる者は、既に器を興して幣を用い、然る後に釈菜(せきさい)して舞わず器を授けず、乃ち退く。東序に儐(ひん)し、一献して、介無く語りて可なり。世子を教う。
-
礼記・文王世子君の世子に於けるや、親しきは則ち父なり、尊きは則ち君なり。父の親有り、君の尊有りて、然る後に天下を兼ねて之を有つ。是の故に、世子を養うは慎まざるべからず。一物を行いて三善皆得る者は、唯だ世子のみ。其れ学に歯(し)するの謂なり。故に世子学に歯すれば、国人之を観て曰く、「将に我に君たらんとして我と歯譲するは何ぞや」と。曰く、「父在る有れば則ち礼然り」と。然して衆、父子の道を知る。其の二に曰く、「将に我に君たらんとして我と歯譲するは何ぞや」と。曰く、「君在る有れば則ち礼然り」と。然して衆、君臣の義に著(あき)らかなり。其の三に曰く、「将に我に君たらんとして我と歯譲するは何ぞや」と。曰く、「長を長とするなり」と。然して衆、長幼の節を知る。故に父在れば斯に子と為り、君在れば斯に之を臣と謂う。子と臣との節に居るは、君を尊び親を親しむ所以なり。故に之を学びて父子と為り、之を学びて君臣と為り、之を学びて長幼と為る。父子・君臣・長幼の道得て、国治まる。語に曰く、「楽正は業を司り、父師は成を司る。一に元良有れば、万国以て貞(ただ)し」と。世子の謂なり。周公阼を践む。
-
礼記・祭義孝弟は朝廷に発し、道路に行われ、州巷に至り、獀狩に放(いた)り、軍旅に修まり、衆は義を以てこれに死して、敢えて犯さざるなり。 明堂に祀るは、諸侯に孝を教うる所以なり。三老・五更を大学に食(やしな)うは、諸侯に弟を教うる所以なり。先賢を西学に祀るは、諸侯に徳を教うる所以なり。藉を耕すは、諸侯に養を教うる所以なり。朝覲(ちょうきん)は、諸侯に臣を教うる所以なり。五者は、天下の大教なり。
-
礼記・王制凡そ老を養うに、有虞氏は燕礼を以てし、夏后氏は饗礼を以てし、殷人は食礼(しれい)を以てし、周人は脩めて兼ねてこれを用う。五十は郷に養い、六十は国に養い、七十は学に養う。諸侯に達す。 八十は君命を拝するに、一たび坐して再び至(いた)す。瞽(こ)も亦これの如くす。九十は人をして受けしむ。五十は粻(ちょう)を異にし、六十は肉を宿(たくわ)え、七十は膳を弐(そ)え、八十は珍を常にす。九十は飲食寝を離れず、膳飲は遊に従いて可なり。六十は歳ごとに制し、七十は時ごとに制し、八十は月ごとに制し、九十は日ごとに脩む。唯絞(こう)・紟(きん)・衾(きん)・冒(ぼう)は、死して后に制す。五十にして始めて衰え、六十は肉に非ざれば飽かず、七十は帛に非ざれば煖かならず、八十は人に非ざれば煖かならず、九十は人を得と雖も煖かならず。五十は家に杖つき、六十は郷に杖つき、七十は国に杖つき、八十は朝に杖つく。九十の者は、天子問うこと有らんと欲すれば、則ち其の室に就き、珍を以て従う。七十は朝を俟(ま)たず、八十は月ごとに存を告げ、九十は日ごとに秩有り。五十は力政に従わず、六十は服戎に与(あずか)らず、七十は賓客の事に与らず、八十は斉喪(さいそう)の事及ばず。五十にして爵し、六十は学に親しまず、七十は政を致す。唯衰麻(さいま)を喪と為す。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る