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礼記 / 文王世子

公族之罪,雖親不以犯有司,正術也,所以體百姓也。刑於隱者,不與國人慮兄弟也。弗吊,弗為服,哭於異姓之廟,為忝祖遠之也。素服居外,不聽樂,私喪之也,骨肉之親無絕也。公族無宮刑,不翦其類也。

新字:公族之罪,雖親不以犯有司,正術也,所以体百姓也。刑於隠者,不与国人慮兄弟也。弗吊,弗為服,哭於異姓之廟,為忝祖遠之也。素服居外,不聴楽,私喪之也,骨肉之親無絶也。公族無宮刑,不翦其類也。

書き下し

公族の罪は、親(した)しと雖も以て有司を犯さざるは、正術なり。百姓を体する所以なり。隠れたる者に刑するは、国人と兄弟を慮らざるなり。弔せず、為に服せず、異姓の廟に哭するは、祖を忝(はずかし)むるが為に之を遠ざくるなり。素服して外に居り、楽を聴かざるは、私に之を喪するなり。骨肉の親は絶つこと無きなり。公族に宮刑無きは、其の類を翦(た)たざるなり。

現代語訳

公族が罪を犯したとき、君の近親であっても有司(司法を掌る役人)の裁きを曲げさせないのは、正しいやり方であり、民と同じ法のもとに身を置くためである。人目につかない所で刑を執行するのは、兄弟の罪を国の人々に取りざたさせないためである。君が弔問せず、喪服も着けず、同姓の廟ではなく異姓の廟で哭するのは、祖先を辱めた者として遠ざけるからである。それでも君が白い喪服を着て正殿の外に居り、音楽を聴かないのは、私情として弔うためであり、骨肉の親しみは絶ちきれないからである。公族に宮刑(生殖の能力を奪う刑)を科さないのは、その一族の血筋を断たないためである。

解説

公族が罪を犯したときの処し方を述べる段である。法は親族であっても曲げない、しかし処刑は人目を避け、公には喪に服さず、私には白い服で音楽を断つ。法の公正と骨肉の情とを、どちらも捨てずに両立させる工夫が細かく書き分けられている。同じ篇の前の段には、公族に死罪があれば甸人(郊外の役人)のもとで刑を行うとあり、ここの「隠れたる者に刑する」はそれを受けている。公には罪人として遠ざけ、私には兄弟として悼むという使い分けは、儒家が法を否定したのではなく、法と情の置き場所を分けたことを示している。宮刑を科さないのも、罪は罰しても家の祭祀を絶やさないための配慮である。身内の不始末に向き合うとき、かばいもせず、見捨てもしないという構えは、今の家族や組織でもそのまま問われる難しさである。

この章句が説くこと

礼記公族刑罰法と情文王世子

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