孟子 / 盡心章句上
桃應問曰、舜為天子、皋陶為士、瞽瞍殺人、則如之何。孟子曰、執之而已矣。然則舜不禁與。曰、夫舜惡得而禁之。夫有所受之也。然則舜如之何。曰、舜視棄天下、猶棄敝蹝也。竊負而逃、遵海濱而處、終身訢然、樂而忘天下。
新字:桃応問曰、舜為天子、皋陶為士、瞽瞍殺人、則如之何。孟子曰、執之而已矣。然則舜不禁与。曰、夫舜悪得而禁之。夫有所受之也。然則舜如之何。曰、舜視棄天下、猶棄敝蹝也。窃負而逃、遵海浜而処、終身訢然、楽而忘天下。
書き下し
桃應問いて曰く、「舜、天子と為り、皋陶、士と為り、瞽瞍、人を殺さば、則ち之を如何せん。」孟子曰く、「之を執らえんのみ。」「然らば則ち舜は禁ぜざるか。」曰く、「夫れ舜は惡くんぞ得て之を禁ぜん。夫れ之を受くる所有るなり。」「然らば則ち舜は之を如何せん。」曰く、「舜は天下を棄つるを視ること、猶は敝蹝(ヘイ・シ)を棄つるがごときなり。竊かに負うて逃がれ、海濱に遵いて處り、終身訢(キン)然として、樂しみて天下を忘れん。」
現代語訳
弟子の桃應が尋ねた。 「舜が天子となり、皋陶が司法の役人となったとき、舜の父の瞽瞍が人を殺したとしたら、どのような処置をとればよいのでしょうか。」 孟子は言った。 「皋陶は瞽瞍を捕らえるまでのことだ。」 「では舜はそれを差し止めないのですか。」 「そのような局面で、舜はどうして差し止めることができようか。そもそも法律というものは、古来より受け継がれてきたものであり、天子の命でもそれを変えることはできない。」 「それならば舜はどのようにしたらよいのでしょうか。」 「舜は天下を棄てることを、敗れた草履を棄てるのと同じように考えている。だから天下を棄てて、竊かに父を背負って逃れ、海辺に沿うて住む所を見つけ、生涯父に仕えることに喜び楽しんで、天下の事など忘れてしまうことだろう。」
解説
この章句が説くこと
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