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礼記 / 曽子問

曾子問曰:「大功之喪,可以與於饋奠之事乎?」孔子曰:「豈大功耳!自斬衰以下皆可,禮也。」曾子曰:「不以輕服而重相為乎?」孔子曰:「非此之謂也。天子諸侯之喪,斬衰者奠;大夫,齊衰者奠;士,則朋友奠;不足,則取於大功以下者;不足,則反之。」曾子問曰:「小功可以與於祭乎?」孔子曰:「何必小功耳!自斬衰以下與祭;禮也。」曾子曰:「不以輕喪而重祭乎?」孔子曰:「天子諸侯之喪祭也,不斬衰者不與祭;大夫,齊衰者與祭;士,祭不足,則取於兄弟大功以下者。」

新字:曽子問曰:「大功之喪,可以与於饋奠之事乎?」孔子曰:「豈大功耳!自斬衰以下皆可,礼也。」曽子曰:「不以軽服而重相為乎?」孔子曰:「非此之謂也。天子諸侯之喪,斬衰者奠;大夫,斉衰者奠;士,則朋友奠;不足,則取於大功以下者;不足,則反之。」曽子問曰:「小功可以与於祭乎?」孔子曰:「何必小功耳!自斬衰以下与祭;礼也。」曽子曰:「不以軽喪而重祭乎?」孔子曰:「天子諸侯之喪祭也,不斬衰者不与祭;大夫,斉衰者与祭;士,祭不足,則取於兄弟大功以下者。」

書き下し

曾子問いて曰く、「大功の喪にして、以て饋奠(きてん)の事に与(あずか)るべきか」と。孔子曰く、「豈に大功のみならんや。斬衰(ざんさい)より以下皆可なり、礼なり」と。曾子曰く、「軽服を以てして重く相為(ため)にせざらんや」と。孔子曰く、「此の謂に非ざるなり。天子諸侯の喪には、斬衰の者奠す。大夫には、斉衰の者奠す。士には、則ち朋友奠す。足らざれば、則ち大功以下の者に取る。足らざれば、則ち之を反す」と。曾子問いて曰く、「小功は以て祭に与るべきか」と。孔子曰く、「何ぞ必ずしも小功のみならんや。斬衰より以下祭に与る、礼なり」と。曾子曰く、「喪を軽んじて祭を重んずるにあらずや」と。孔子曰く、「天子諸侯の喪祭には、斬衰ならざる者は祭に与らず。大夫には、斉衰の者祭に与る。士には、祭るに足らざれば、則ち兄弟の大功以下の者に取る」と。

現代語訳

曾子が尋ねた。「大功の喪に服している者が、(他家の)饋奠(きてん、殯に食物を供える儀式)の役を務めてもよいのでしょうか。」孔子は答えた。「大功だけではない。斬衰(ざんさい、最も重い三年の喪服)以下の者はみな務めてよい。それが礼である。」曾子「自分の喪服を軽んじて、他人のための務めを重んじることにはなりませんか。」孔子は答えた。「そういう意味ではない。天子や諸侯の喪では、斬衰を着る者が奠を務める。大夫の喪では、斉衰を着る者が奠を務める。士の喪では、友人が奠を務める。人手が足りなければ、大功以下の親族から取る。それでも足りなければ、先に務めた者にもう一度務めさせる。」曾子が尋ねた。「小功の喪に服している者は、祭りに加わってよいのでしょうか。」孔子は答えた。「小功だけに限らない。斬衰以下の者は祭りに加わる。それが礼である。」曾子「それでは喪を軽んじて祭りを重んじることになりませんか。」孔子は答えた。「天子や諸侯の喪の祭りでは、斬衰を着ていない者は祭りに加わらない。大夫の場合は、斉衰を着る者が祭りに加わる。士の場合、祭りの人手が足りなければ、兄弟のうち大功以下の者から取る。」

解説

喪服を着ている者が、喪の儀式の奉仕や祭りに加われるかを問う一段である。曾子は、喪中の者が他人のために働くのは自分の喪を軽んじることにならないかと二度にわたって疑う。これに対し孔子は、ここでいうのは他人の喪ではなく、その喪服を着る当の喪の奠や祭りのことだと説明し、身分ごとに誰が務めるかを示す。孔穎達の疏は、曾子が孔子の意を取り違えて他人のためと受け取ったので、孔子が重ねて説いたと解している。弔いの務めは、悲しみの深い者ほど中心に立つのが本来であり、喪服の重さは奉仕の資格にもなるという考えである。身近な者を送る儀式では、悲しみを抱えた当人が手を動かすこと自体に意味があるという点は、今の葬儀のあり方を考えるうえでも示唆がある。

この章句が説くこと

礼記曽子問喪服奠祭祀

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