礼記 / 曽子問
曾子問曰:「祭如之何則不行旅酬之事矣?」孔子曰:「聞之,小祥者,主人練祭而不旅,奠酬於賓,賓弗舉,禮也。昔者,魯昭公練而舉酬行旅,非禮也;孝公大祥,奠酬弗舉,亦非禮也。」
新字:曽子問曰:「祭如之何則不行旅酬之事矣?」孔子曰:「聞之,小祥者,主人練祭而不旅,奠酬於賓,賓弗舉,礼也。昔者,魯昭公練而舉酬行旅,非礼也;孝公大祥,奠酬弗舉,亦非礼也。」
書き下し
曾子問いて曰く、「祭るに如何なれば則ち旅酬(りょしゅう)の事を行わざるか」と。孔子曰く、「之を聞く、小祥には、主人練祭して旅せず、酬を賓に奠し、賓挙げず、礼なり。昔者(むかし)、魯の昭公、練して酬を挙げ旅を行う、礼に非ざるなり。孝公の大祥に、酬を奠して挙げず、亦た礼に非ざるなり」と。
現代語訳
曾子が尋ねた。「祭りのとき、どのような場合に旅酬(りょしゅう、参列者が順に杯を勧め合う儀礼)を行わないのでしょうか。」孔子は答えた。「こう聞いている。小祥(しょうしょう、死後一年の祭り)では、主人は練祭(れんさい、練り絹の冠に改める祭り)を行うが旅酬はせず、賓客に杯を勧めて置くだけで、賓客はそれを取り上げない。これが礼である。むかし魯の昭公は、練祭で杯を取り上げて旅酬を行ったが、これは礼ではない。また孝公の大祥(だいしょう、死後二年の祭り)では、杯を置いただけで取り上げなかったが、これもまた礼ではない。」
解説
喪中の祭りで、酒の献酬をどこまで行うかを問う一段である。旅酬は祭りの終盤に参列者が順々に杯を勧め合う和やかな儀礼で、喪中はこれを控える。死後一年の小祥では杯を賓に勧めて置くだけで、賓は取り上げない。鄭玄は、喪の祭りは段階を追って吉礼に近づくものとし、虞祭では爵を致さず、小祥では旅酬をせず、大祥では無数の杯を交わす無筭爵をしない、と順序立てて注している。そのうえで孔子は、魯の昭公は小祥で旅酬を行って早すぎ、孝公の大祥では杯を取り上げず遅すぎたと、二つの失敗例を並べる。悲しみを急いで切り上げるのも、いつまでも引きずるのも礼にかなわないという考えがここにある。喪明けの時期の振る舞いに迷うとき、段階を踏んで日常へ戻るという発想は参考になる。
この章句が説くこと
礼記曽子問喪祭旅酬節度
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