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礼記 / 曽子問

孔子曰:「宗子雖七十,無無主婦;非宗子,雖無主婦可也。」 曾子問曰:「將冠子,冠者至,揖讓而入,聞齊衰、大功之喪,如之何?」孔子曰:「內喪則廢,外喪則冠而不醴,徹饌而埽,即位而哭。如冠者未至,則廢。如將冠子而未及期日,而有齊衰、大功、小功之喪,則因喪服而冠。」「除喪不改冠乎?」孔子曰:「天子賜諸侯、大夫冕弁服於大廟,歸設奠,服賜服,於斯乎有冠醮,無冠醴。父沒而冠,則已冠埽地而祭於禰;已祭而見伯父叔父,而后饗冠者。」

新字:孔子曰:「宗子雖七十,無無主婦;非宗子,雖無主婦可也。」 曽子問曰:「将冠子,冠者至,揖譲而入,聞斉衰、大功之喪,如之何?」孔子曰:「内喪則廃,外喪則冠而不醴,徹饌而埽,即位而哭。如冠者未至,則廃。如将冠子而未及期日,而有斉衰、大功、小功之喪,則因喪服而冠。」「除喪不改冠乎?」孔子曰:「天子賜諸侯、大夫冕弁服於大廟,帰設奠,服賜服,於斯乎有冠醮,無冠醴。父没而冠,則已冠埽地而祭於祢;已祭而見伯父叔父,而后饗冠者。」

書き下し

孔子曰く、「宗子は七十と雖も、主婦無きこと無し。宗子に非ずんば、主婦無しと雖も可なり」と。 曾子問いて曰く、「将に子に冠せんとし、冠者至り、揖譲(ゆうじょう)して入る。斉衰(しさい)・大功の喪を聞かば、之を如何せん」と。孔子曰く、「内喪なれば則ち廃し、外喪なれば則ち冠して醴(れい)せず、饌(せん)を徹して埽(はら)い、位に即きて哭す。如し冠者未だ至らずんば、則ち廃す。如し将に子に冠せんとして未だ期日に及ばず、而して斉衰・大功・小功の喪有らば、則ち喪服に因りて冠す」と。「喪を除きて冠を改めざるか」と。孔子曰く、「天子、諸侯・大夫に冕弁(べんべん)の服を大廟に賜えば、帰りて奠を設け、賜服を服す。斯(ここ)に於いてか冠醮(かんしょう)有りて、冠醴無し。父没して冠すれば、則ち已に冠して地を埽いて禰に祭る。已に祭りて伯父叔父に見え、而る后に冠者を饗す」と。

現代語訳

孔子は言った。「宗子(そうし、一族の本家の当主)は、たとえ七十歳になっても主婦(祭祀で主人を助ける妻)がいないということがあってはならない。宗子でなければ、主婦がいなくてもかまわない。」 曾子が尋ねた。「子に冠をかぶらせる冠礼(成人式)を行おうとして、冠をかぶせる役の賓客が到着し、互いに会釈して譲り合いながら門に入ったところで、斉衰(しさい、一年の喪など)や大功(だいこう、九か月の喪)の知らせを聞いたら、どうすればよいのでしょうか。」孔子は答えた。「同じ家の中の喪であれば冠礼をやめる。家の外の喪であれば、冠はかぶらせるが醴(れい、甘酒)で冠者をもてなす礼は省き、並べたごちそうを下げて掃き清め、所定の位置について哭する。もし冠をかぶせる賓客がまだ着いていなければ、冠礼はやめる。もし子に冠をかぶらせようとしてまだその日にならないうちに、斉衰・大功・小功(しょうこう、五か月の喪)の喪が起これば、喪服を着る機会に合わせて冠をかぶらせる。」曾子「喪が明けたら、あらためて冠礼をやり直さないのですか。」孔子は答えた。「天子が大廟で諸侯や大夫に冠と礼服を賜ったときには、帰国して供え物を設け、賜った服を着る。このときには酒をくむ冠醮(かんしょう)の礼はあるが、醴でもてなす冠醴の礼はない(冠礼をやり直すわけではないからである)。父が亡くなってから冠をかぶる場合には、冠をかぶったあとに地を掃き清めて父の廟を祭る。祭り終えたら伯父や叔父にお目にかかり、そのあとで冠をかぶせてくれた賓客をもてなす。」

解説

前半は宗族の祭祀における主婦の必要を述べ、後半は冠礼(成人の儀式)の最中に喪の知らせが届いた場合の処し方を問う。本家の当主は一族の祭りを主宰するので、年老いても主婦を欠いてはならないと孔子はいう。冠礼については、喪が家の内か外かで扱いを変え、内なら中止、外なら冠だけ加えて祝いの酒宴は省く。儀式の前に喪が生じたら、喪服を着るときに冠をかぶらせ、喪明けにやり直しはしないとする。孔子はその根拠として、天子から礼服を賜ったときの例を引き、改めて冠を加えるのではないから醴の礼がないのだと説明する。鄭玄も、醴を用いないのは冠を改めないことを明らかにするためだと注する。祝い事と弔事がぶつかったとき、何を残し何を省くかの線引きは、今の冠婚葬祭でもしばしば迷うところである。

この章句が説くこと

礼記曽子問冠礼喪礼宗子

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