礼記 / 月令
乃命有司申嚴百刑,斬殺必當,毋或枉橈。枉橈不當,反受其殃。 是月也,乃命宰、祝循行犧牲,視全具,案芻豢,瞻肥瘠,察物色。必比類,量小大,視長短,皆中度。五者備當,上帝其饗。
新字:乃命有司申厳百刑,斬殺必当,毋或枉橈。枉橈不当,反受其殃。 是月也,乃命宰、祝循行犠牲,視全具,案芻豢,瞻肥瘠,察物色。必比類,量小大,視長短,皆中度。五者備当,上帝其饗。
書き下し
乃ち有司に命じて百刑を申厳せしむ。斬殺必ず当たり、枉橈(おうどう)すること或る毋かれ。枉橈して当たらざれば、反って其の殃(わざわい)を受く。 是の月や、乃ち宰・祝に命じて犠牲を循行し、全具を視、芻豢(すうかん)を案じ、肥瘠(ひせき)を瞻(み)、物色を察せしむ。必ず類を比べ、小大を量り、長短を視て、皆度に中(あた)らしむ。五者備わり当たれば、上帝其れ饗(う)けん。
現代語訳
そこで役人に命じて、あらゆる刑罰の規定を重ねて厳格にさせる。斬首や死刑は必ず罪に相応するようにし、曲げたりゆがめたりしてはならない。曲げゆがめて罪に相応しなければ、かえって裁いた者がその災いを受ける。 この月、宰(祭祀の供物を管理する官)と祝(神に祈りの言葉を告げる官)に命じて、いけにえの家畜を見回らせ、体がそろって欠けたところがないかを見、草で養う牛羊と穀物で養う犬豚の飼育の具合を調べ、肥え具合とやせ具合を見、毛の色を確かめさせる。必ず種類ごとに比べ、大小を量り、長短を見て、すべて基準に合うようにさせる。この五つが備わってふさわしければ、上帝はその供え物を受けられるであろう。
解説
仲秋の刑罰の厳正と、いけにえの点検を述べる段である。前半では刑罰の規定を重ねて厳しくするよう命じるが、その眼目は刑を重くすることではなく、罪に正しく見合うようにすることにある。法を曲げて不当に裁けば、その災いはかえって裁いた者自身に返ってくるという一句は、刑を執る側の責任を重く問うものである。後半では宰と祝に、いけにえの家畜を五つの点から調べさせる。『論語』雍也篇で孔子が、まだら牛の子でも毛が赤く角が整っていれば山川の神が見捨てるはずがないと語ったのも、いけにえの毛色と角が重んじられたことを前提にしている。人を裁くことと神に捧げることを同じ月に並べ、どちらにも基準への厳密さを求める姿勢は、判断や品質の責任を負う今日の仕事にもそのまま通じる。
この章句が説くこと
礼記月令刑罰責任祭祀
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公十六年 桑山の木を斬る九月、大いに雩す。旱すればなり。鄭大いに旱す。屠擊・祝款・竪柎をして桑山に事有らしむ。其の木を斬りて雨ふらず。子產曰く、「山に事有るは、山林を蓺(やしな)ふなり。而るに其の木を斬る、其の罪大なり」と。之が官邑を奪ふ。冬、十月、季平子晉に如き、昭公を葬る。平子曰く、「子服回の言猶ほ信なり。子服氏子有るかな」と。
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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