礼記 / 月令
是月也,祀不用犧牲,用圭璧,更皮幣。 仲春行秋令,則其國大水,寒氣揔至,寇戎來征。行冬令,則陽氣不勝,麥乃不熟,民多相掠。行夏令,則國乃大旱,煖氣早來,蟲螟為害。
新字:是月也,祀不用犠牲,用圭璧,更皮幣。 仲春行秋令,則其国大水,寒気揔至,寇戎来征。行冬令,則陽気不勝,麦乃不熟,民多相掠。行夏令,則国乃大旱,煖気早来,虫螟為害。
書き下し
是の月や、祀るに犠牲を用いず、圭璧(けいへき)を用い、皮幣(ひへい)に更(か)う。 仲春に秋の令を行えば、則ち其の国大いに水あり、寒気揔(すべ)て至り、寇戎(こうじゅう)来たり征す。冬の令を行えば、則ち陽気勝たず、麦乃ち熟さず、民多く相掠(かす)む。夏の令を行えば、則ち国乃ち大いに旱(ひでり)し、煖気早く来たり、虫螟(ちゅうめい)害を為す。
現代語訳
この月の祭りには、いけにえの獣を用いず、圭や璧などの玉を用い、あるいは皮や絹の供え物に替える。 春の半ばの月に秋の政令を行えば、国に大水が出て、寒気が一度に押し寄せ、外敵が攻め込んでくる。冬の政令を行えば、陽の気が勝てず、麦は実らず、民の間で奪い合いが多くなる。夏の政令を行えば、国は大ひでりとなり、暖かさが早く来すぎて、害虫が作物を食い荒らす。
解説
仲春の祭祀の決まりと、この月に誤った政令を行った場合の災異を述べる段である。この月の祭りでいけにえを用いず、圭璧などの玉や皮・絹に替えるのは、生き物が育つ季節に殺生を避けるためである。鄭玄は、季春に家畜の牝牡を合わせて殖やすことに備えるためと注し、孔穎達の疏は、これは祈りのための小さな祭りについて言うもので大祭は常の法による、という蔡氏の説を引いている。後半では、仲春に秋の令を行えば大水と寒気と外敵の侵入が起こり、冬の令を行えば陽気が振るわず麦が実らずに民が奪い合い、夏の令を行えば大ひでりと害虫の被害が出ると述べる。天の時と政治の時を合わせることを求める月令の考えは、施策の中身だけでなく、それを行う時期の見きわめが結果を大きく左右するという教訓として、今日でも読むことができる。
この章句が説くこと
礼記月令祭祀災異仲春
関連する章句
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