礼記 / 王制
六禮:冠、昏、喪、祭、鄉、相見。七教:父子、兄弟、夫婦、君臣、長幼、朋友、賓客。八政:飲食、衣服、事為、異別、度、量、數、制。
新字:六礼:冠、昏、喪、祭、郷、相見。七教:父子、兄弟、夫婦、君臣、長幼、朋友、賓客。八政:飲食、衣服、事為、異別、度、量、数、制。
書き下し
六礼は、冠(かん)・昏(こん)・喪(そう)・祭(さい)・郷(きょう)・相見(そうけん)。七教は、父子・兄弟・夫婦・君臣・長幼・朋友・賓客。八政は、飲食・衣服・事為(じい)・異別(いべつ)・度・量・数・制。
現代語訳
六礼とは、冠礼(元服の礼)・昏礼(婚礼)・喪礼・祭礼・郷礼(郷飲酒礼と郷射礼)・相見礼(初めて会うときの挨拶の礼)である。七教とは、父子・兄弟・夫婦・君臣・長幼・朋友・賓客のそれぞれの間の道である。八政とは、飲食・衣服・事為(職人の技芸)・異別(地方ごとに異なる器物の区別)・度(長さの基準)・量(容積の基準)・数(数の単位)・制(布や絹の幅の規格)である。
解説
先の段で、司徒が「六礼を脩めて民の性を節し、七教を明らかにして民の徳を興し、八政を斉えて淫を防ぐ」と述べた、その中身を示した段である。六礼は、元服・婚礼・葬儀・祭祀という人生の節目と、郷里での宴や射礼、初対面の挨拶という社交の場の礼である。鄭玄は、郷とは郷飲酒礼と郷射礼のことだと注する。七教は人と人との関係の道で、『孟子』の説く父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の五倫に、兄弟と賓客を加えた形になっている。八政について、鄭玄は、飲食を第一とし衣服をこれに次ぐとし、事為を百工の技芸、異別を五方で器物が異なること、度を丈尺、量を斗斛、数を百十、制を布帛の幅の広さと注する。暮らしの基盤と、長さや量などの基準をそろえることが、政治の具体的な中身とされている。人生の節目の儀礼、人間関係の道、生活と度量の基準という三つを整えることが、人を教え導く柱だという見取り図は、家庭や組織の土台づくりを考えるときにも役立つ。
この章句が説くこと
礼記王制六礼七教八政
関連する章句
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『管子』五輔是の故に聖王は此の八禮を飭えて、以て其の民を導く。八つの者各々其の義を得れば、則ち人君たる者は中正にして私無く、人臣たる者は忠信にして黨せず、人父たる者は慈惠にして以て教え、人子たる者は孝悌にして以て肅み、人兄たる者は寛裕にして以て誨え、人弟たる者は比順にして以て敬い、人夫たる者は敦懞にして以て固く、人妻たる者は勸勉にして以て貞なり。夫れ然らば、則ち下は上に倍かず、臣は君を殺さず、賤は貴を踰えず、少は長を陵がず、遠は親を間てず、新は舊を間てず、小は大に加えず、淫は義を破らず。凡そ此の八つの者は、禮の經なり。夫れ人必ず禮を知りて然る後に恭敬、恭敬にして然る後に尊讓、尊讓にして然る後に少長貴賤相踰越せず、少長貴賤相踰越せず、故に亂生ぜずして患作らず。故に曰く、禮は謹まざる可からざるなり。
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礼記・王制司徒は六礼を脩めて以て民の性を節し、七教を明らかにして以て民の徳を興し、八政を斉えて以て淫を防ぎ、道徳を一にして以て俗を同じくし、耆老(きろう)を養いて以て孝を致し、孤独を恤(あわれ)みて以て不足に逮(およ)ぼし、賢を上(たっと)びて以て徳を崇め、不肖を簡(えら)びて以て悪を絀(しりぞ)く。郷に命じて、教えに帥(したが)わざる者を簡びて以て告げしむ。耆老皆庠(しょう)に朝(あつ)まり、元日に、射を習いて功を上び、郷を習いて歯(よわい)を上ぶ。大司徒、国の俊士を帥いてともに事を執る。変ぜざれば、国の右郷に命じて、教えに帥わざる者を簡びてこれを左に移し、国の左郷に命じて、教えに帥わざる者を簡びてこれを右に移し、初めの礼の如くす。変ぜざれば、これを郊に移し、初めの礼の如くす。変ぜざれば、これを遂(すい)に移し、初めの礼の如くす。変ぜざれば、これを遠方に屏(しりぞ)け、終身歯(し)せず。郷に命じて秀士を論じ、これを司徒に升(のぼ)すを、選士と曰う。司徒、選士の秀なる者を論じてこれを学に升すを、俊士と曰う。司徒に升る者は郷に征せられず、学に升る者は司徒に征せられず、造士と曰う。楽正、四術を崇び、四教を立て、先王の詩・書・礼・楽に順いて以て士を造る。春秋には教うるに礼・楽を以てし、冬夏には教うるに詩・書を以てす。王の大子・王子・群后の大子、公卿・大夫・元士の適子(てきし)、国の俊選、皆造る。凡そ学に入るには歯を以てす。将に学を出でんとするとき、小胥(しょうしょ)・大胥・小楽正、教えに帥わざる者を簡びて以て大楽正に告ぐ。大楽正以て王に告ぐ。王、三公・九卿・大夫・元士に命じて皆学に入らしむ。変ぜざれば、王親(みずか)ら学を視る。変ぜざれば、王三日挙げず、これを遠方に屏く。西方を棘(ほく)と曰い、東方を寄と曰う。終身歯せず。大楽正、造士の秀なる者を論じて以て王に告げ、而してこれを司馬に升すを、進士と曰う。司馬、官材を辨論し、進士の賢なる者を論じて以て王に告げ、而して其の論を定む。論定まりて然る後にこれを官にし、官に任じて然る後にこれに爵し、位定まりて然る後にこれに禄す。大夫其の事を廃すれば、終身仕えず、死すれば士の礼を以てこれを葬る。発すること有れば、則ち大司徒に命じて士に教うるに車甲を以てせしむ。凡そ技を執り力を論ずるは、四方に適(ゆ)き、股肱(ここう)を臝(あらわ)にし、射御を決す。凡そ技を執りて以て上に事うる者は、祝・史・射・御・医・卜及び百工なり。凡そ技を執りて以て上に事うる者は、事を弐(ふた)つにせず、官を移さず、郷を出でては士と歯せず。家に仕うる者は、郷を出でては士と歯せず。
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礼記・祭統夫れ祭に十倫有り。鬼神に事うるの道を見(しめ)し、君臣の義を見し、父子の倫を見し、貴賤の等を見し、親疏の殺(さい)を見し、爵賞の施しを見し、夫婦の別を見し、政事の均しきを見し、長幼の序を見し、上下の際(まじわ)りを見す。此れをこれ十倫と謂う。
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『管子』五輔曰く、民は義を知れり、而して未だ禮を知らず、然る後に八經を飾りて以て之を禮に導く。所謂八經とは何ぞや。曰く、上下に義有り、貴賤に分有り、長幼に等有り、貧富に度有り。凡そ此の八つの者は、禮の經なり。故に上下に義無ければ則ち亂れ、貴賤に分無ければ則ち爭い、長幼に等無ければ則ち倍き、貧富に度無ければ則ち失う。上下亂れ、貴賤爭い、長幼倍き、貧富失いて、而して國亂れざる者は、未だ之れ嘗て聞かざるなり。
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礼記・楽記是の故に先王の礼楽を制するは、人之が節を為(つく)るなり。衰麻(さいま)哭泣は、喪紀を節する所以なり。鐘鼓干戚は、安楽を和する所以なり。昏姻冠笄(かんけい)は、男女を別つ所以なり。射郷食饗は、交接を正す所以なり。礼は民心を節し、楽は民声を和し、政は以て之を行い、刑は以て之を防ぐ。礼楽刑政、四つながら達して悖(もと)らざれば、則ち王道備わる。
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礼記・礼運夫れ礼は必ず天に本づき、動きて地に之(ゆ)き、列して事に之き、変じて時に従い、分芸に協(かな)う。其の人に居るや養と曰い、其の之を行うに貨・力・辞譲、飲・食・冠・昏・喪・祭・射・御・朝・聘を以てす。 故に礼義なる者は、人の大端なり。信を講じ睦を脩めて人の肌膚の会、筋骸の朿(たば)を固むる所以なり。生を養い死を送り、鬼神に事うるの大端なる所以なり。天道に達し、人情に順うの大竇(たいとう)なる所以なり。
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