礼記 / 王制
司徒脩六禮以節民性,明七教以興民德,齊八政以防淫,一道德以同俗,養耆老以致孝,恤孤獨以逮不足,上賢以崇德,簡不肖以絀惡。命鄉,簡不帥教者以告。耆老皆朝于庠,元日,習射上功,習鄉上齒,大司徒帥國之俊士與執事焉。不變,命國之右鄉,簡不帥教者移之左,命國之左鄉,簡不帥教者移之右,如初禮。不變,移之郊,如初禮。不變,移之遂,如初禮。不變,屏之遠方,終身不齒。命鄉,論秀士,升之司徒,曰選士。司徒論選士之秀者而升之學,曰俊士。升於司徒者,不征於鄉;升於學者,不征於司徒,曰造士。樂正崇四術,立四教,順先王《詩》、《書》、《禮》、《樂》以造士。春秋教以《禮》、《樂》,冬夏教以《詩》、《書》。王大子,王子,群后之大子,公卿、大夫、元士之適子,國之俊選,皆造焉。凡入學以齒。將出學,小胥、大胥、小樂正簡不帥教者以告于大樂正。大樂正以告于王。王命三公、九卿、大夫、元士皆入學。不變,王親視學。不變,王三日不舉,屏之遠方。西方曰棘,東方曰寄,終身不齒。大樂正論造士之秀者以告于王,而升諸司馬,曰進士。司馬辨論官材,論進士之賢者以告於王,而定其論。論定然後官之,任官然後爵之,位定然後祿之。大夫廢其事,終身不仕,死以士禮葬之。有發,則命大司徒教士以車甲。凡執技論力,適四方,臝股肱,決射御。凡執技以事上者:祝、史、射、御、醫、卜及百工。凡執技以事上者:不貳事,不移官,出鄉不與士齒。仕於家者,出鄉不與士齒。
新字:司徒脩六礼以節民性,明七教以興民徳,斉八政以防淫,一道徳以同俗,養耆老以致孝,恤孤独以逮不足,上賢以崇徳,簡不肖以絀悪。命郷,簡不帥教者以告。耆老皆朝于庠,元日,習射上功,習郷上歯,大司徒帥国之俊士与執事焉。不変,命国之右郷,簡不帥教者移之左,命国之左郷,簡不帥教者移之右,如初礼。不変,移之郊,如初礼。不変,移之遂,如初礼。不変,屏之遠方,終身不歯。命郷,論秀士,升之司徒,曰選士。司徒論選士之秀者而升之学,曰俊士。升於司徒者,不征於郷;升於学者,不征於司徒,曰造士。楽正崇四術,立四教,順先王《詩》、《書》、《礼》、《楽》以造士。春秋教以《礼》、《楽》,冬夏教以《詩》、《書》。王大子,王子,群后之大子,公卿、大夫、元士之適子,国之俊選,皆造焉。凡入学以歯。将出学,小胥、大胥、小楽正簡不帥教者以告于大楽正。大楽正以告于王。王命三公、九卿、大夫、元士皆入学。不変,王親視学。不変,王三日不舉,屏之遠方。西方曰棘,東方曰寄,終身不歯。大楽正論造士之秀者以告于王,而升諸司馬,曰進士。司馬弁論官材,論進士之賢者以告於王,而定其論。論定然後官之,任官然後爵之,位定然後禄之。大夫廃其事,終身不仕,死以士礼葬之。有発,則命大司徒教士以車甲。凡執技論力,適四方,臝股肱,決射御。凡執技以事上者:祝、史、射、御、医、卜及百工。凡執技以事上者:不貳事,不移官,出郷不与士歯。仕於家者,出郷不与士歯。
書き下し
司徒は六礼を脩めて以て民の性を節し、七教を明らかにして以て民の徳を興し、八政を斉えて以て淫を防ぎ、道徳を一にして以て俗を同じくし、耆老(きろう)を養いて以て孝を致し、孤独を恤(あわれ)みて以て不足に逮(およ)ぼし、賢を上(たっと)びて以て徳を崇め、不肖を簡(えら)びて以て悪を絀(しりぞ)く。郷に命じて、教えに帥(したが)わざる者を簡びて以て告げしむ。耆老皆庠(しょう)に朝(あつ)まり、元日に、射を習いて功を上び、郷を習いて歯(よわい)を上ぶ。大司徒、国の俊士を帥いてともに事を執る。変ぜざれば、国の右郷に命じて、教えに帥わざる者を簡びてこれを左に移し、国の左郷に命じて、教えに帥わざる者を簡びてこれを右に移し、初めの礼の如くす。変ぜざれば、これを郊に移し、初めの礼の如くす。変ぜざれば、これを遂(すい)に移し、初めの礼の如くす。変ぜざれば、これを遠方に屏(しりぞ)け、終身歯(し)せず。郷に命じて秀士を論じ、これを司徒に升(のぼ)すを、選士と曰う。司徒、選士の秀なる者を論じてこれを学に升すを、俊士と曰う。司徒に升る者は郷に征せられず、学に升る者は司徒に征せられず、造士と曰う。楽正、四術を崇び、四教を立て、先王の詩・書・礼・楽に順いて以て士を造る。春秋には教うるに礼・楽を以てし、冬夏には教うるに詩・書を以てす。王の大子・王子・群后の大子、公卿・大夫・元士の適子(てきし)、国の俊選、皆造る。凡そ学に入るには歯を以てす。将に学を出でんとするとき、小胥(しょうしょ)・大胥・小楽正、教えに帥わざる者を簡びて以て大楽正に告ぐ。大楽正以て王に告ぐ。王、三公・九卿・大夫・元士に命じて皆学に入らしむ。変ぜざれば、王親(みずか)ら学を視る。変ぜざれば、王三日挙げず、これを遠方に屏く。西方を棘(ほく)と曰い、東方を寄と曰う。終身歯せず。大楽正、造士の秀なる者を論じて以て王に告げ、而してこれを司馬に升すを、進士と曰う。司馬、官材を辨論し、進士の賢なる者を論じて以て王に告げ、而して其の論を定む。論定まりて然る後にこれを官にし、官に任じて然る後にこれに爵し、位定まりて然る後にこれに禄す。大夫其の事を廃すれば、終身仕えず、死すれば士の礼を以てこれを葬る。発すること有れば、則ち大司徒に命じて士に教うるに車甲を以てせしむ。凡そ技を執り力を論ずるは、四方に適(ゆ)き、股肱(ここう)を臝(あらわ)にし、射御を決す。凡そ技を執りて以て上に事うる者は、祝・史・射・御・医・卜及び百工なり。凡そ技を執りて以て上に事うる者は、事を弐(ふた)つにせず、官を移さず、郷を出でては士と歯せず。家に仕うる者は、郷を出でては士と歯せず。
現代語訳
司徒(しと、民の教化を司る長官)は、冠・婚・喪・祭・郷飲酒・相見の六礼を修めて民の性情に節度を与え、父子・兄弟・夫婦・君臣・長幼・朋友・賓客の七教を明らかにして民の徳を興し、飲食・衣服などの八政を整えて行き過ぎを防ぎ、道徳を一つにして風俗をそろえ、老人を養って孝を尽くさせ、孤児や身寄りのない者をいたわって足りない者に行き届かせ、賢者を尊んで徳を崇め、不肖の者を選び出して悪を退ける。郷(きょう、地方の行政単位)に命じて、教えに従わない者を選び出して報告させる。そのうえで、郷の老人たちをみな庠(しょう、郷の学校)に集め、吉日を選んで、射礼を行って功のある者を上座に置き、郷飲酒礼を行って年長者を上座に置く。大司徒は国の優れた士を率いて、ともにその儀式を執り行い、教えに従わない者にこれを見せる。それでも改まらなければ、国の右の郷に命じて、教えに従わない者を選んで左の郷に移し、左の郷に命じて、教えに従わない者を選んで右の郷に移し、最初と同じ礼を行って見せる。それでも改まらなければ、郊(こう、郷の外)に移し、最初と同じ礼を行う。それでも改まらなければ、遂(すい、遠郊のさらに外)に移し、最初と同じ礼を行う。それでも改まらなければ、遠方に追いやり、終身、人の列に加えない。また郷に命じて、優れた士を論じて司徒に推挙させ、これを選士という。司徒は選士のうちとくに優れた者を論じて大学に進ませ、これを俊士という。司徒に推挙された者は郷の賦役を免じられ、大学に進んだ者は司徒の賦役を免じられ、これを造士(ぞうし、学を成し遂げつつある士)という。楽正(がくせい、楽官の長で貴族の子弟の教育を司る)は四つの術を尊び、四つの教えを立て、先王の詩・書・礼・楽に従って士を育て上げる。春と秋には礼と楽を教え、冬と夏には詩と書を教える。王の太子、王の庶子、諸侯の太子、公・卿・大夫・元士の嫡子、国中から選ばれた俊秀の士は、みなここで学ぶ。およそ学校に入った者は、身分によらず年齢の順に並ぶ。学業を終えて学校を出るときには、小胥(しょうしょ)・大胥・小楽正(いずれも楽官)が教えに従わない者を選んで大楽正に報告し、大楽正はこれを王に報告する。王は三公・九卿・大夫・元士に命じて、みな学校に入って礼を行わせ、その者に見せる。それでも改まらなければ、王みずから学校に臨んで視察する。それでも改まらなければ、王は三日間、食事に音楽を用いず、その者を遠方に追いやる。西方に追いやるのを棘(ほく)といい、東方に追いやるのを寄という。その者は終身、人の列に加えない。大楽正は造士のうちとくに優れた者を論じて王に報告し、司馬(しば、軍事と官の登用を司る長官)に推挙する。これを進士という。司馬は官に就く人材を見分けて論じ、進士のうち賢い者を論じて王に報告し、その評価を定める。評価が定まってから官職を与え、官職を任せて果たせるのを見てから爵位を与え、地位が定まってから禄を与える。大夫がその職務を怠れば、終身ふたたび仕えることができず、死んだときには士の礼で葬る。戦のために兵を発することがあれば、大司徒に命じて、士に兵車に乗り甲冑を着ける作法を教えさせる。およそ技芸を持ち力を競う者は、四方に出向き、腕や腿をあらわにして、弓射と御車の技で勝負を決する。およそ技芸をもって上に仕える者とは、祝(神に祈る官)・史(記録の官)・射・御・医・卜(占いの官)および百工(さまざまな職人)である。およそ技芸をもって上に仕える者は、ほかの仕事を兼ねず、別の官に移らず、郷を出たところでは士と年齢の順に並ばない。大夫の家に仕える者も、郷を出たところでは士と年齢の順に並ばない。
解説
この章句が説くこと
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