礼記 / 王制
庶羞不踰牲,燕衣不踰祭服,寢不踰廟。 古者:公田,藉而不稅。市,廛而不稅。關,譏而不征。林麓川澤,以時入而不禁。夫圭田無征。 用民之力,歲不過三日。 田里不粥,墓地不請。
新字:庶羞不踰牲,燕衣不踰祭服,寝不踰廟。 古者:公田,藉而不税。市,廛而不税。関,譏而不征。林麓川沢,以時入而不禁。夫圭田無征。 用民之力,歳不過三日。 田里不粥,墓地不請。
書き下し
庶羞(しょしゅう)は牲を踰(こ)えず、燕衣(えんい)は祭服を踰えず、寝は廟を踰えず。 古者(いにしえ)は、公田は藉(か)りて税せず。市は廛(てん)して税せず。関は譏(せ)めて征せず。林麓(りんろく)川沢は、時を以て入りて禁ぜず。圭田を夫(おさ)むるは征無し。 民の力を用うること、歳に三日を過ぎず。 田里は粥(ひさ)がず、墓地は請わず。
現代語訳
日常のごちそうは祭りの牲(いけにえ)より上等にせず、ふだんの衣服は祭服より立派にせず、住まいは宗廟より立派にしない。 昔は、公田は民の力を借りて耕させるだけで、民自身の田には税をかけなかった。市では店の敷地に税をかけるだけで、品物には税をかけなかった。関所では怪しい者を取り調べるだけで、通行税を取らなかった。山林や川沢には、季節を守って入らせ、立ち入りを禁じることはなかった。賢者に与える圭田(けいでん、祭祀のための田)を耕す者には税をかけなかった。 民の労力を城や道や水路の工事に使うのは、一年に三日を超えなかった。 田地や住まいは公から受けたものなので売り買いせず、墓地も私的に求めることはしなかった。
解説
日常の分限と、昔の軽い税の制度を語る段である。冒頭の三句は、ごちそう・衣服・住まいのいずれも、祭りや宗廟より上にしてはならないという戒めで、鄭玄は、羊を牲として祭るときには牛肉をごちそうにしないのだと例を挙げる。暮らしを、敬うべきものより上に置かないという順序の感覚である。続く税の定めについて、鄭玄は『孟子』の「夏后氏は五十にして貢し、殷人は七十にして助し、周人は百畝にして徹す」を引き、公田を民の力で耕させる助法の時代、すなわち殷を「古者」と呼んだのだとする。市では店舗に課して品物に課さず、関では異服や異言を見とがめるだけで税を取らない。『孟子』公孫丑上にも、市廛して征せず、関譏して征せずという同趣の言葉があり、王道の政治の目安とされる。民の力役を年三日に限るのも、民の暮らしを損なわないためである。税を軽くして民の生業を守ることが国の基であるという考えは、今の税や公共の負担のあり方を考えるときにも立ち返りたい原点である。
この章句が説くこと
礼記王制税分限孟子
関連する章句
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礼記・王制天子・諸侯は、因国(いんこく)の其の地に在りて主後無き者を祭る。 天子は犆礿(とくやく)し、祫禘(こうてい)し、祫嘗し、祫烝す。諸侯は礿すれば則ち禘せず、禘すれば則ち嘗せず、嘗すれば則ち烝せず、烝すれば則ち礿せず。諸侯の礿は犆、禘は一たびは犆し一たびは祫し、嘗は祫し、烝は祫す。 天子の社稷は皆大牢(たいろう)、諸侯の社稷は皆少牢(しょうろう)。大夫・士の宗廟の祭は、田有れば則ち祭り、田無ければ則ち薦む。庶人は春に韭(にら)を薦め、夏に麦を薦め、秋に黍(きび)を薦め、冬に稲を薦む。韭は卵を以てし、麦は魚を以てし、黍は豚を以てし、稲は鴈(がん)を以てす。天地を祭るの牛は角繭栗(けんりつ)、宗廟の牛は角握(あく)、賓客の牛は角尺。諸侯は故無くして牛を殺さず、大夫は故無くして羊を殺さず、士は故無くして犬豕(けんし)を殺さず、庶人は故無くして珍を食らわず。
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礼記・王制冢宰(ちょうさい)国用を制するは、必ず歳の杪(すえ)に於いてす。五穀皆入りて然る後に国用を制す。地の小大を用い、年の豊耗(ほうもう)を視る。三十年の通を以て国用を制し、入るを量りて以て出だすを為す。祭には数の仂(ろく)を用う。喪は三年祭らず、唯天地社稷を祭るのみ、紼(ふつ)を越えて事を行うと為す。喪には三年の仂を用う。喪祭、用足らざるを暴と曰い、余り有るを浩(こう)と曰う。祭は豊年にも奢らず、凶年にも倹せず。国に九年の蓄え無きを不足と曰い、六年の蓄え無きを急と曰い、三年の蓄え無きを、国其の国に非ずと曰う。三年耕せば、必ず一年の食有り。九年耕せば、必ず三年の食有り。三十年の通を以てすれば、凶旱水溢(すいいつ)有りと雖も、民に菜色(さいしょく)無し。然る後に天子食し、日に挙ぐるに楽を以てす。天子は七日にして殯(ひん)し、七月にして葬る。諸侯は五日にして殯し、五月にして葬る。大夫・士・庶人は、三日にして殯し、三月にして葬る。三年の喪は、天子より達す。庶人は県封(けんぽう)し、葬るに雨の為に止めず、封せず樹せず。喪に事を弐(ふた)つにせず、天子より庶人に達す。喪は死者に従い、祭は生者に従う。支子(しし)は祭らず。
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