礼記 / 王制
諸侯,賜弓矢然後征,賜鈇鉞然後殺,賜圭瓚然後為鬯。未賜圭瓚,則資鬯於天子。 天子命之教,然後為學。小學在公宮南之左,大學在郊。天子曰辟廱,諸侯曰頖宮。
新字:諸侯,賜弓矢然後征,賜鈇鉞然後殺,賜圭瓚然後為鬯。未賜圭瓚,則資鬯於天子。 天子命之教,然後為学。小学在公宮南之左,大学在郊。天子曰辟廱,諸侯曰頖宮。
書き下し
諸侯は、弓矢を賜わりて然る後に征し、鈇鉞(ふえつ)を賜わりて然る後に殺し、圭瓚(けいさん)を賜わりて然る後に鬯(ちょう)を為る。未だ圭瓚を賜わらざれば、則ち鬯を天子に資(と)る。 天子これに教えを命じて、然る後に学を為る。小学は公宮の南の左に在り、大学は郊に在り。天子には辟廱(へきよう)と曰い、諸侯には頖宮(はんきゅう)と曰う。
現代語訳
諸侯は、天子から弓矢を賜ってはじめて征伐を行い、鈇鉞(ふえつ、刑に用いる斧とまさかり)を賜ってはじめて人を死刑にし、圭瓚(けいさん、玉の柄のついた酒を酌む器)を賜ってはじめて鬯(ちょう、黒黍で醸し香草を加えた祭祀の酒)を造る。まだ圭瓚を賜っていないうちは、鬯を天子から分けてもらう。 天子が教えを行うことを命じてはじめて、諸侯は学校を建てる。小学は君主の宮殿の南の左手(東側)にあり、大学は都の郊外にある。天子の大学を辟廱(へきよう)といい、諸侯の大学を頖宮(はんきゅう)という。
解説
諸侯に委ねられる権限と、学校の設置を定めた段である。征伐の権は弓矢、死刑の権は鈇鉞、祭祀の酒を造る権は圭瓚という器物を天子から賜ることで、はじめて諸侯に与えられる。鄭玄は「其の器を得て、乃ち敢えて其の事を為す」と注する。権限を目に見える器物の授与で示すのは、誰が何をしてよいかを明らかにし、勝手な武力や刑罰を防ぐ仕組みである。学校もまた、天子が教えを命じてはじめて建てられる。鄭玄は、辟廱の辟は明、廱は和で、天下を明らかにし和らげる意、頖宮の頖は班で、政教を広く分かち施す意だと注し、ここに見える小学・大学の配置は殷の制だとする。『詩経』魯頌の「泮水」にも、泮宮で戦果を献ずる場面が歌われている。力の行使と教育とが、ともに天下の秩序の根幹として並べられている点が興味深い。今の組織でも、誰にどの権限を委ねたかを形で示し、人を育てる場を中心に据えることは変わらず大切である。
この章句が説くこと
礼記王制権限学校辟廱
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