礼記 / 檀弓下
仲尼之畜狗死,使子貢埋之,曰:「吾聞之也,敝帷不棄,為埋馬也;敝蓋不棄,為埋狗也。丘也貧,無蓋;於其封也,亦予之席,毋使其首陷焉。」路馬死,埋之以帷。 季孫之母死,哀公弔焉,曾子與子貢弔焉,閽人為君在,弗內也。曾子與子貢入於其廄而脩容焉。子貢先入,閽人曰:「鄉者已告矣。」曾子後入,閽人辟之。涉內霤,卿大夫皆辟位,公降一等而揖之。君子言之曰:「盡飾之道,斯其行者遠矣。」
新字:仲尼之畜狗死,使子貢埋之,曰:「吾聞之也,敝帷不棄,為埋馬也;敝蓋不棄,為埋狗也。丘也貧,無蓋;於其封也,亦予之席,毋使其首陥焉。」路馬死,埋之以帷。 季孫之母死,哀公弔焉,曽子与子貢弔焉,閽人為君在,弗内也。曽子与子貢入於其廄而脩容焉。子貢先入,閽人曰:「郷者已告矣。」曽子後入,閽人辟之。渉内霤,卿大夫皆辟位,公降一等而揖之。君子言之曰:「尽飾之道,斯其行者遠矣。」
書き下し
仲尼の畜狗(ちくく)死す。子貢をしてこれを埋めしめて曰く、「吾これを聞けり、敝帷(へいい)は棄てず、馬を埋むるが為なり。敝蓋(へいがい)は棄てず、狗を埋むるが為なり、と。丘や貧にして蓋無し。其の封(ほう)に於いても、亦これに席を予(あた)えて、其の首をして陥らしむること毋(な)かれ」と。路馬(ろば)死すれば、これを埋むるに帷を以てす。 季孫の母死す。哀公これを弔う。曾子と子貢と弔う。閽人(こんじん)君の在るが為に、内(い)れず。曾子と子貢と其の廄(うまや)に入りて容を脩む。子貢先に入る。閽人曰く、「郷(さき)には已に告げたり」と。曾子後に入る。閽人これを辟(さ)く。内霤(ないりゅう)を渉るや、卿大夫皆位を辟け、公一等を降りてこれに揖す。君子これを言いて曰く、「飾りを尽くすの道、斯れ其の行わるること遠し」と。
現代語訳
孔子の飼っていた犬が死んだ。孔子は子貢にこれを埋めさせて、こう言った。「私はこう聞いている。破れた帷(とばり)を捨てないのは、馬を埋めるときに使うためであり、破れた車の蓋(かさ)を捨てないのは、犬を埋めるときに使うためである、と。私は貧しくて車の蓋がない。埋めて土をかけるときには、せめて蓆(むしろ)を与えて包み、その頭がじかに土に埋もれることのないようにしてやれ」。君主の車を引く路馬が死んだときは、帷に包んで埋めるのである。 季孫(魯の執政の家、季孫氏)の母が死に、哀公が弔問に訪れた。曾子と子貢も弔問に来たが、門番は君がおいでだからといって二人を中に入れなかった。曾子と子貢は季孫の家の厩(うまや)に入って、衣服と身なりを整え直した。子貢が先に入ると、門番は「先ほど、すでにお取り次ぎいたしました」と言って通した。曾子が後から入ると、門番は道を譲って脇へよけた。二人が内霤(ないりゅう、奥の建物の軒下の雨だれ落ち)を渡ると、卿大夫たちは皆、席を立って敬意を示し、哀公も階段を一段降りて会釈した。君子はこれについて言った。「身なりを整え尽くすことの効き目は、なんと遠くまで及ぶことか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孔子家語・曲禮子夏問孔子の守狗死す、子貢に謂いて曰く、「路馬死すれば、則ち之を蔵むるに帷を以てし、狗は則ち之を蔵むるに蓋を以てす、汝?之を埋めよ。吾聞く、弊幃棄てざるは、馬を埋むるが為なり、弊蓋棄てざるは、狗を埋むるが為なりと。今吾貧にして蓋無し、其の封ずるに於て之に席を与えよ、其の首をして土に陥らしむること無かれ」と。
-
礼記・檀弓上衰(さい)は、其の物に当たらざらんよりは、寧ろ衰無かれ。斉衰には辺坐せず、大功には服勤せず。 孔子衛に之(ゆ)き、旧館人の喪に遇う。入りてこれを哭して哀し。出でて、子貢をして驂(さん)を説(と)きてこれに賻(ふ)せしむ。子貢曰く、「門人の喪に於いて、未だ驂を説く所有らず。驂を旧館に説くは、乃ち已に重きこと無からんや」と。夫子曰く、「予(われ)郷(さき)に入りてこれを哭し、一哀に遇いて涕(なみだ)を出だす。予夫の涕の従う無きを悪(にく)む。小子これを行え」と。
-
礼記・檀弓下衛の司徒敬子死す、子夏これを弔す、主人未だ小斂せず、絰(てつ)して往く。子游これを弔す、主人既に小斂す、子游出でて絰し、反りて哭す。子夏曰く、「これを聞けるか」と。曰く、「諸を夫子に聞く、主人未だ服を改めざれば則ち絰せず、と」と。 曾子曰く、「晏子は礼を知ると謂うべきのみ、恭敬これ有り」と。有若曰く、「晏子は一狐裘三十年、遣車一乗、墓に及びて反る。国君は七个(こ)、遣車七乗。大夫は五个、遣車五乗。晏子焉(いずく)んぞ礼を知らん」と。曾子曰く、「国に道無ければ、君子は礼を盈(み)たすを恥ず。国奢れば、則ちこれに示すに倹を以てし、国倹なれば、則ちこれに示すに礼を以てす」と。
-
礼記・檀弓上県子曰く、「綌衰(げきさい)繐裳(すいしょう)は、古(いにしえ)に非ざるなり」と。 子蒲卒す、哭する者滅(めつ)と呼ぶ。子皋曰く、「是(か)くの若きは野なるかな」と。哭する者これを改む。 杜橋の母の喪、宮中に相(しょう)無し、以て沽(こ)と為すなり。 夫子曰く、「始めて死するに、羔裘(こうきゅう)玄冠する者は、これを易(か)うるのみ」と。羔裘玄冠しては、夫子以て弔せず。
-
礼記・檀弓上孔子の喪に、二三子皆絰(てつ)して出ず。群居すれば則ち絰し、出ずれば則ち否(しか)らず。 墓を易(おさ)むるは、古に非ざるなり。 子路曰く、「吾諸を夫子に聞く。『喪礼は、其の哀足らずして礼余り有らんよりは、礼足らずして哀余り有るに若(し)かざるなり。祭礼は、其の敬足らずして礼余り有らんよりは、礼足らずして敬余り有るに若かざるなり』と」と。
-
礼記・檀弓上子夏諸(これ)を夫子に問いて曰く、「君の母と妻との喪に居らんには」と。「居処、言語、飲食衎爾(かんじ)たれ」と。 賓客至りて、館する所無し。夫子曰く、「生きては我に於いて館せよ、死しては我に於いて殯(ひん)せよ」と。 国子高曰く、「葬なる者は、蔵(かく)すなり。蔵す者は、人の見るを得ざらんことを欲するなり。是の故に、衣は以て身を飾るに足り、棺は衣を周(めぐ)り、椁(かく)は棺を周り、土は椁を周る。反(かえ)って壌して之に樹(う)えんや」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る