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礼記 / 檀弓上

縣子曰:「綌衰繐裳,非古也。」 子蒲卒,哭者呼滅。子皋曰:「若是野哉。」哭者改之。 杜橋之母之喪,宮中無相,以為沽也。 夫子曰:「始死,羔裘玄冠者,易之而已。」羔裘玄冠,夫子不以吊。

新字:県子曰:「綌衰繐裳,非古也。」 子蒲卒,哭者呼滅。子皋曰:「若是野哉。」哭者改之。 杜橋之母之喪,宮中無相,以為沽也。 夫子曰:「始死,羔裘玄冠者,易之而已。」羔裘玄冠,夫子不以吊。

書き下し

県子曰く、「綌衰(げきさい)繐裳(すいしょう)は、古(いにしえ)に非ざるなり」と。 子蒲卒す、哭する者滅(めつ)と呼ぶ。子皋曰く、「是(か)くの若きは野なるかな」と。哭する者これを改む。 杜橋の母の喪、宮中に相(しょう)無し、以て沽(こ)と為すなり。 夫子曰く、「始めて死するに、羔裘(こうきゅう)玄冠する者は、これを易(か)うるのみ」と。羔裘玄冠しては、夫子以て弔せず。

現代語訳

県子(けんし、魯の人)が言った。「綌(げき、目の粗い葛布)で衰(さい、喪服の上衣)を作り、繐(すい、目の細かい薄布)で裳(もすそ)を作るのは、古の礼ではない」。 子蒲(しほ)が亡くなったとき、哭する者が「滅(めつ)」と彼の名を呼んで泣いた。子皋(しこう、孔子の弟子の高柴)が「そのようなやり方は野卑である」と言うと、哭する者はそれを改めた。 杜橋(ときょう)の母の喪では、家の中に礼を導く相(しょう、介添え役)を置かなかったので、人々はそれを粗略だとした。 孔子が言った。「人が亡くなったばかりのときに、羔裘(こうきゅう、子羊の皮衣)を着て玄冠(げんかん、黒い冠)をかぶっている者は、それを着替えるだけでよい」。羔裘に玄冠という吉服のままでは、孔子は弔問しなかった。

解説

喪の場での装いと振る舞いの誤りを、短い話を連ねて示した段である。県子は、喪服を涼しく軽い布で仕立てる当世の風を「古に非ず」と退けた。鄭玄は、時の人が軽く涼しいものを尚んで礼を慢っていると注する。喪服の粗い麻は悲しみを身にまとう形であり、着心地を先にすれば礼の意味が抜けてしまう。子蒲の話では、哭する者が死者の名を呼び立てたのを子皋が野卑とたしなめ、杜橋の母の喪では介添えの相を立てなかったことが粗略とされた。最後の孔子の言葉は、亡くなった直後はまだ吉服の者が駆けつけても着替えれば足りるが、羔裘玄冠のままで弔うことはしない、というもので、『論語』郷党篇にも「羔裘玄冠しては以て弔せず」とある。弔いの場の服装や言葉遣いは今も人の目に立つ。形に心が表れるという礼の考えは、喪服の選び方一つにも生きている。

この章句が説くこと

礼記喪服孔子弔問檀弓上

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