礼記 / 檀弓下
季康子之母死,公輸若方小。斂,般請以機封,將從之,公肩假曰:「不可!夫魯有初,公室視豐碑,三家視桓楹。般,爾以人之母嘗巧,則豈不得以?其毋以嘗巧者乎?則病者乎?噫!」弗果從。
新字:季康子之母死,公輸若方小。斂,般請以機封,将従之,公肩仮曰:「不可!夫魯有初,公室視豊碑,三家視桓楹。般,爾以人之母嘗巧,則豈不得以?其毋以嘗巧者乎?則病者乎?噫!」弗果従。
書き下し
季康子の母死す、公輸若(こうしゅじゃく)方(まさ)に小(わか)し、斂(れん)するに、般(はん)機を以て封ぜんと請う。将にこれに従わんとす。公肩仮(こうけんか)曰く、「不可なり。夫れ魯に初め有り、公室は豊碑に視(なぞら)え、三家は桓楹(かんえい)に視う。般、爾(なんじ)人の母を以て巧みを嘗(こころ)む。則ち豈に以(もち)うるを得ずんばあらずや。其れ以て巧みを嘗むること毋(な)くんば、則ち病(うれ)えんか。噫(ああ)」と。果たして従わず。
現代語訳
季康子の母が亡くなったとき、葬儀の工事を司る公輸若(こうしゅじゃく)はまだ年若かった。棺を墓穴に下ろすにあたり、同族の公輸般(こうしゅはん、腕の立つ工匠)が、からくり仕掛けで棺を下ろしたいと願い出た。季氏はそれに従おうとした。公肩仮(こうけんか、魯の人)が言った。「いけません。魯には初めから定まった制度があります。公室(君主の家)は天子に準じた豊碑(ほうひ、棺を綱で下ろすための大きな柱)にならい、三家(魯の三桓)は桓楹(かんえい、四本の太い柱)にならうのです。般よ、お前は他人の母親の葬儀で自分の技を試そうというのか。そうしなければ、どうしても気が済まないというのか。技を試さなければ、何か困ることでもあるというのか。ああ」。結局、季氏はその申し出に従わなかった。
解説
この章句が説くこと
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