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礼記 / 檀弓下

悼公之喪,季昭子問於孟敬子曰:「為君何食?」敬子曰:「食粥,天下之達禮也。吾三臣者之不能居公室也,四方莫不聞矣,勉而為瘠,則吾能,毋乃使人疑夫不以情居瘠者乎哉?我則食食。」

新字:悼公之喪,季昭子問於孟敬子曰:「為君何食?」敬子曰:「食粥,天下之達礼也。吾三臣者之不能居公室也,四方莫不聞矣,勉而為瘠,則吾能,毋乃使人疑夫不以情居瘠者乎哉?我則食食。」

書き下し

悼公の喪に、季昭子孟敬子に問いて曰く、「君の為に何をか食らわん」と。敬子曰く、「粥を食らうは、天下の達礼なり。吾ら三臣の公室に居る能わざるや、四方聞かざる莫し。勉めて瘠(せき)を為さば、則ち吾能くせん。乃ち人をして夫の情を以て瘠に居らざる者を疑わしむること毋からんや。我は則ち食を食らわん」と。

現代語訳

魯の悼公(とうこう)が亡くなったとき、季昭子(きしょうし)が孟敬子(もうけいし)に尋ねた。「主君の喪に、何を食べるべきでしょうか」。敬子は答えた。「粥を食べるのが天下に通じた礼です。しかし、われら三家の臣が公室にきちんと仕えてこなかったことは、四方の国々で知らない者はありません。無理をして痩せ衰えてみせることなら、私にもできるでしょう。しかしそれでは、真情からではなく痩せてみせているのではないかと、人に疑わせることになりはしませんか。私はふだん通りの食事をとります」。

解説

魯の実権を握っていた三家、いわゆる三桓の当主たちの、主君の喪に対する態度を描いた段である。臣は主君の喪に粥をすするのが天下の通礼である。ところが孟敬子は、自分たちが公室をないがしろにしてきたことは天下周知であり、今さら痩せ衰えてみせても偽りと疑われるだけだから、ふつうに食べると開き直った。一見すると正直な言葉だが、鄭玄は、生前に忠を尽くさず、喪にもまた礼を尽くさないのは誤りだと退け、『論語』子罕篇の「喪事は敢えて勉めずんばあらず」を引いている。過去に不誠実であったことは、今の礼を怠る理由にはならない。むしろ今から尽くすことでしか、過去の欠けは埋められない。偽善と見られるのを恐れて何もしないのは、正直さの姿を借りた怠慢である。関係がこじれた相手の葬儀に行くべきか迷う人もいるだろう。そのとき「今さら」と思う気持ちに、この段は静かに問いを投げかけている。

この章句が説くこと

礼記喪礼誠意君臣偽善

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