礼記 / 檀弓上
叔孫武叔之母死,既小斂,舉者出戶,出戶袒,且投其冠,括髮。子游曰:「知禮。」 扶君,卜人師扶右,射人師扶左;君薨以是舉。 從母之夫,舅之妻,二夫人相為服,君子未之言也。或曰,同爨緦。
新字:叔孫武叔之母死,既小斂,舉者出戸,出戸袒,且投其冠,括髪。子游曰:「知礼。」 扶君,卜人師扶右,射人師扶左;君薨以是舉。 従母之夫,舅之妻,二夫人相為服,君子未之言也。或曰,同爨緦。
書き下し
叔孫武叔の母死す。既に小斂し、挙ぐる者戸を出ず。戸を出でて袒(たん)し、且つ其の冠を投じて、括髪す。子游曰く、「礼を知れり」と。 君を扶くるには、卜人(ぼくじん)の師右を扶け、射人の師左を扶く。君薨ずれば是を以て挙ぐ。 従母の夫、舅(きゅう)の妻、二夫人相為に服するは、君子未だこれを言わざるなり。或ひと曰く、同爨(どうさん)は緦(し)すと
現代語訳
叔孫武叔(魯の大夫)の母が亡くなった。小斂が済み、遺体を担ぐ者たちが部屋の戸口を出た。武叔は戸口を出てから片肌を脱ぎ、冠を投げ捨てて、髪を麻で束ねた。子游は(あざけって)言った。「礼を心得ていることだ」。 主君を助け支えるときは、僕人(君の車や服を司る役人)の長が右を支え、射人(弓射の儀を司る役人)の長が左を支える。主君が亡くなったときも、この二人が遺体を持ち上げて移す。 母の姉妹の夫と、母の兄弟の妻と、この二人が互いのために喪服を着ることについては、君子はまだ論じたことがない。ある人は言う。同じ竈で煮炊きして暮らしていたのなら、緦麻(しま、最も軽い三か月の喪服)を着るのがよいと。
解説
小斂が終わればその場で袒・括髪するのが礼であるのに、武叔は遺体が戸を出た後になってからそれをし、しかも冠を投げ捨てた。子游の「礼を知れり」は皮肉で、鄭玄はこれを「嗤(わら)う」と注す。主君の体を支える者について、鄭玄は「卜人」の「卜」は「僕」の誤りで、僕人と射人は平生から君の服や位を正す役であり、薨じた後も同じ者が遺体を移すのは、変えるに忍びないからだと注す。第三は、母の姉妹の夫と母の兄弟の妻という、血のつながらない二人が同居していた場合に互いに喪服を着るべきかという問題である。鄭玄は、甥が外家に居てそれを非としたのだと注し、或る人の「同爨は緦」は、同居して暮らした縁を緦麻の親とみなしてよいという説と解する。共に暮らした事実に応じて弔いを考える発想は、今の多様な家族にも通じる。
この章句が説くこと
礼記喪服子游同居檀弓
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