礼記 / 檀弓上
縣子瑣曰:「吾聞之:古者不降,上下各以其親。滕伯文為孟虎齊衰,其叔父也;為孟皮齊衰,其叔父也。」 后木曰:「喪,吾聞諸縣子曰:夫喪,不可不深長思也,買棺外內易,我死則亦然。」
新字:県子瑣曰:「吾聞之:古者不降,上下各以其親。滕伯文為孟虎斉衰,其叔父也;為孟皮斉衰,其叔父也。」 后木曰:「喪,吾聞諸県子曰:夫喪,不可不深長思也,買棺外内易,我死則亦然。」
書き下し
県子瑣(けんしさ)曰く、「吾これを聞く、古は降さず、上下各其の親を以てす。滕伯文(とうはくぶん)は孟虎の為に斉衰す、其の叔父なればなり。孟皮の為に斉衰す、其の叔父なればなり」と。 后木(こうぼく)曰く、「喪は、吾諸を県子に聞けり、曰く、夫れ喪は、深く長く思わざるべからざるなり。棺を買うには外内易(おさ)めよ。我死せば則ち亦然せよ」と。
現代語訳
県子瑣(魯の人、名は瑣)が言った。「私はこう聞いている。古は身分によって喪服を軽くすることはせず、目上の親族にも目下の親族にも、それぞれの親疎どおりに服した。滕伯文(殷の時代の滕の君)は孟虎のために斉衰を着た。叔父だったからである。孟皮のためにも斉衰を着た。これも叔父だったからである」。 后木(魯の人)が言った。「喪については、私は県子からこう聞いた。喪のことは深く長く考えておかなければならない。棺を買うときは、外も内もよく削って整えたものにせよ、と。私が死んだときも、そのようにしてほしい」。
解説
前半の県子瑣は、古は身分によって喪服を降すことはなかったと述べる。鄭玄は、古とは殷の時代で、上は遠い親族でも降さず、下は卑しい親族でも降さないことだと注し、滕伯文を殷の滕の君とする。周では、君主や大夫は身分の低い傍系親族に対して喪服を降す制度があったが、殷ではその区別をせず、君主であっても叔父には叔父としての喪に服した。後半は、后木が県子から聞いた「喪は深く長く思え」という教えを引き、自分の棺も丁寧に作ってほしいと言い残した話である。ところが鄭玄はこれを、棺を整えるのは孝子の務めであって自分から託すことではないと注している。身分の上下にかかわらず人として服することと、送る者と送られる者それぞれの務めの分け方という、二つの論点が並ぶ段である。
この章句が説くこと
礼記喪服親疎棺檀弓
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