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礼記 / 檀弓上

曾子曰:「始死之奠,其餘閣也與?」曾子曰:「小功不為位也者,是委巷之禮也。子思之哭嫂也為位,婦人倡踊;申祥之哭言思也亦然。」 古者,冠縮縫,今也衡縫;故喪冠之反吉,非古也。曾子謂子思曰:「伋,吾執親之喪也,水漿不入於口者七日。」子思曰:「先王之制禮也,過之者俯而就之,不至焉者跂而及之。故君子之執親之喪也,水漿不入於口者三日,杖而后能起。」

新字:曽子曰:「始死之奠,其余閣也与?」曽子曰:「小功不為位也者,是委巷之礼也。子思之哭嫂也為位,婦人倡踊;申祥之哭言思也亦然。」 古者,冠縮縫,今也衡縫;故喪冠之反吉,非古也。曽子謂子思曰:「伋,吾執親之喪也,水漿不入於口者七日。」子思曰:「先王之制礼也,過之者俯而就之,不至焉者跂而及之。故君子之執親之喪也,水漿不入於口者三日,杖而后能起。」

書き下し

曾子曰く、「始死の奠(てん)は、其れ余閣(よかく)なるか」と。曾子曰く、「小功に位を為さざるは、是れ委巷の礼なり。子思の嫂(あによめ)を哭するや位を為し、婦人倡(とな)えて踊(よう)す。申祥の言思を哭するも亦然り」と。 古は冠縮縫(しゅくほう)し、今や衡縫(こうほう)す。故に喪冠の吉に反するは、古に非ざるなり。曾子子思に謂いて曰く、「伋(きゅう)、吾親の喪を執るや、水漿(すいしょう)口に入らざること七日」と。子思曰く、「先王の礼を制するや、これに過ぐる者は俯(ふ)してこれに就き、至らざる者は跂(つまだ)ちてこれに及ぶ。故に君子の親の喪を執るや、水漿口に入らざること三日、杖つきて后に能く起つ」と。

現代語訳

曾子が言った。「人が死んですぐに供える奠(供物)は、棚に残っていた食べ物を用いるものであろうか」。曾子がまた言った。「小功(五か月の喪服)の親族のために哭の位を設けないのは、路地裏の俗なやり方である。子思は兄嫁のために哭したとき位を設け、婦人たちが先に立って踊(足を踏み鳴らして哀しみを表す動作)をした。申祥が妻の兄弟の言思のために哭したときも同様であった」。 古は冠の縫い目を縦にし、今は横にする。だから喪の冠の縫い目が(縦で)吉の冠と逆になっているのは、古の礼ではない(古の冠のままなのである)。曾子が子思に言った。「伋よ、私は親の喪を執り行ったとき、七日間水も口にしなかった」。子思は言った。「先王が礼を定めたとき、度を越す者には身をかがめて礼に合わせさせ、及ばない者には爪先立ってでも礼に届かせるようにした。だから君子が親の喪を執り行うときは、三日間水も口にせず、杖をついてようやく立ち上がれるほどにするのだ」。

解説

喪礼の細部をめぐる曾子と子思の言葉である。始死の奠に棚の残り物を用いるのは、鄭玄の注によれば、死の直後は新しく改めて整える暇がないからである。小功の親族に哭位を設けないのを曾子は俗な礼と退け、子思が兄嫁のために位を設けたことを引く。嫂と叔の間には喪服がないとされるが、鄭玄はそれでも位を設けたことを善しとしたと注する。冠の縫い目の話は、喪冠の縦縫いは古の冠の形が残ったもので、ことさら吉と逆にしたのではないという説明である。曾子が七日間水も飲まなかったと語ると、子思は、先王の礼は行き過ぎる者を抑え、及ばない者を引き上げる基準であり、君子は三日で足りると答える。鄭玄は、曾子の言は後の人が継ぎがたいので礼をもって抑えたのだと注す。自分だけの極端な献身を誇ることの危うさを、子思の言葉は静かに示している。

この章句が説くこと

礼記曽子子思中庸喪礼

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