礼記 / 檀弓上
仲憲言於曾子曰:「夏后氏用明器,示民無知也;殷人用祭器,示民有知也;周人兼用之,示民疑也。」曾子曰:「其不然乎!其不然乎!夫明器,鬼器也;祭器,人器也;夫古之人,胡為而死其親乎?」
新字:仲憲言於曽子曰:「夏后氏用明器,示民無知也;殷人用祭器,示民有知也;周人兼用之,示民疑也。」曽子曰:「其不然乎!其不然乎!夫明器,鬼器也;祭器,人器也;夫古之人,胡為而死其親乎?」
書き下し
仲憲(ちゅうけん)曾子に言いて曰く、「夏后氏は明器を用う、民に知無きを示すなり。殷人は祭器を用う、民に知有るを示すなり。周人は兼ねてこれを用う、民に疑いを示すなり」と。曾子曰く、「其れ然らざるか、其れ然らざるか。夫れ明器は鬼器なり、祭器は人器なり。夫れ古の人、胡為(なんす)れぞ其の親を死せんや」と。
現代語訳
仲憲(孔子の弟子の原憲)が曾子に言った。「夏の人は(墓に)明器を納めました。死者には知覚がないことを民に示したのです。殷の人は祭器を納めました。死者には知覚があることを民に示したのです。周の人はその両方を用いました。死者に知覚があるかないか分からないことを民に示したのです」。曾子は言った。「そうではなかろう、そうではなかろう。明器は鬼神のための器であり、祭器は人のための器である。いったい古の人が、どうして自分の親を知覚のない死んだものとして扱ったりしようか」。
解説
副葬品の意味をめぐる、仲憲すなわち原憲と曾子の問答である。仲憲は、夏は明器で死者の無知を、殷は祭器で有知を、周は両方で疑いを示したと、三代の違いを整然と説明した。明器は鬼神の器、祭器は人の器であって、器の違いは死者に知覚があるかないかの判断を示したものではない。まして古の人が親を無知のものとして扱ったはずがない、と言うのである。鄭玄は、仲憲の言う三つはみな誤りだと注し、孔穎達の疏は、曾子が夏の無知の説だけを取り上げて退けたのは、最も古い夏を譏れば残りも推して知れるからだと説く。三代を並べて明快に割り切る説明は分かりやすいが、それが人の心の実情に合っているかは別問題である。分かりやすい図式が、人の気持ちの複雑さを取りこぼしていないかを問う姿勢として、今も学ぶところがある。
この章句が説くこと
礼記明器曽子原憲孝
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