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礼記 / 檀弓上

子夏既除喪而見,予之琴,和之而不和,彈之而不成聲。作而曰:「哀未忘也。先王制禮,而弗敢過也。」子張既除喪而見,予之琴,和之而和,彈之而成聲,作而曰:「先王制禮,不敢不至焉。」

新字:子夏既除喪而見,予之琴,和之而不和,弾之而不成声。作而曰:「哀未忘也。先王制礼,而弗敢過也。」子張既除喪而見,予之琴,和之而和,弾之而成声,作而曰:「先王制礼,不敢不至焉。」

書き下し

子夏既に喪を除きて見(まみ)ゆ。これに琴を予(あた)う。これを和すれども和せず、これを弾ずれども声を成さず。作(た)ちて曰く、「哀未だ忘れざるなり。先王礼を制して、敢えて過ぎざるなり」と。子張既に喪を除きて見ゆ。これに琴を予う。これを和して和し、これを弾じて声を成す。作ちて曰く、「先王礼を制す、敢えて至らずんばあらず」と。

現代語訳

子夏が喪を終えて孔子にまみえたとき、孔子は彼に琴を与えた。子夏は調弦したが音が合わず、弾いても調べにならなかった。子夏は立ち上がって言った。「まだ哀しみを忘れられません。しかし先王が礼を定めたのですから、それを越えて喪を続けるわけにはいきません」。子張が喪を終えて孔子にまみえたとき、孔子は彼に琴を与えた。子張は調弦すると音が合い、弾くと調べになった。子張は立ち上がって言った。「先王が礼を定めたのですから、そこまで至らないわけにはいきません(務めを尽くしました)」。

解説

子夏は哀しみがなお残り、琴の調べが整わなかったが、先王の定めを越えることはできないとして喪を終えた。子張は哀しみがすでに収まって琴が調ったが、先王の定めに至るまでは務めを果たしたと述べた。鄭玄は、二人の情は異なるが、ともに礼に従ったことを善しとしたのだと注する。前に見た子思の「過ぎたる者は俯して就き、至らざる者は跂ちて及ぶ」と同じく、礼は情の深い者には上限となり、情の浅い者には下限となる。論語先進篇で子貢に二人を比べられた孔子が「師(子張)や過ぎたり、商(子夏)や及ばず」と評したことは有名だが、ここでは喪の情において二人の性質が逆に表れているのが面白い。それでも共通の区切りがあることで、それぞれが無理なく日常へ戻る道筋が得られるのである。

この章句が説くこと

礼記喪礼子夏子張節度

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