礼記 / 檀弓上
夫晝居於內,問其疾可也;夜居於外,弔之可也。是故君子非有大故,不宿於外;非致齊也,非疾也,不晝夜居於內。 高子皋之執親之喪也,泣血三年,未嘗見齒,君子以為難。
新字:夫昼居於内,問其疾可也;夜居於外,弔之可也。是故君子非有大故,不宿於外;非致斉也,非疾也,不昼夜居於内。 高子皋之執親之喪也,泣血三年,未嘗見歯,君子以為難。
書き下し
夫れ昼内に居らば、其の疾を問うて可なり。夜外に居らば、これを弔いて可なり。是の故に君子は大故(たいこ)有るに非ざれば、外に宿せず。致斉(ちさい)に非ざるなり、疾に非ざるなり、昼夜内に居らず。 高子皋(こうしこう)の親の喪を執るや、泣血三年、未だ嘗て歯を見(あらわ)さず。君子以て難しと為す。
現代語訳
そもそも昼間に奥の正寝にこもっている人がいれば、病気かと見舞ってよい。夜に表の部屋にいる人がいれば、喪があるのかと弔ってよい。だから君子は、喪や憂いのような大事がなければ表で夜を過ごさない。斎戒のためでもなく、病気でもないのに、昼夜を通して奥に居続けることはしない。 高子皋(孔子の弟子の高柴)は親の喪を執り行ったとき、三年の間、声を立てずに血の涙を流すように泣き、一度も歯を見せて笑うことがなかった。君子は、これをなかなかできないことだとした。
解説
前半は、住まいの中でどこにいるかが、そのまま人の状態を示すという話である。昼に奥にこもっていれば病を疑われ、夜に表にいれば喪を疑われる。鄭玄は夜に外にいるのは喪があるのに似ると注し、大故を喪や憂いのことと説く。だから君子は、理由もなく普段と違う場所に身を置いて周りに誤解や心配をかけない。後半は、弟子の高柴が親の喪で三年間泣血し、一度も歯を見せなかったことを、君子が難しいことだと評した話である。鄭玄は「歯を見せず」を笑いの微かなものすら見せなかったことと注し、「難し」は人にはなかなかできないという意味だと説く。普段の居場所を守ることと、悲しみの深さを誰にでも求めないこと、どちらも周りの人への配慮につながっている。
この章句が説くこと
礼記喪礼高柴日常配慮
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