礼記 / 檀弓上
舜葬於蒼梧之野,蓋三妃未之從也。季武子曰:「周公蓋祔。」曾子之喪,浴於爨室。 大功廢業。或曰:「大功誦可也。」 子張病,召申祥而語之曰:「君子曰終,小人曰死;吾今日其庶幾乎?」
新字:舜葬於蒼梧之野,蓋三妃未之従也。季武子曰:「周公蓋祔。」曽子之喪,浴於爨室。 大功廃業。或曰:「大功誦可也。」 子張病,召申祥而語之曰:「君子曰終,小人曰死;吾今日其庶幾乎?」
書き下し
舜蒼梧(そうご)の野に葬られ、蓋し三妃未だこれに従わざるなり。季武子曰く、「周公蓋し祔(ふ)す」と。曾子の喪、爨室(さんしつ)に浴す。 大功には業を廃す。或ひと曰く、「大功には誦するは可なり」と。 子張病み、申祥を召してこれに語りて曰く、「君子には終と曰い、小人には死と曰う。吾今日其れ庶幾(ちか)からんか」と。
現代語訳
舜は蒼梧の野に葬られたが、三人の妃はそこに合葬されなかったという。季武子は言った。「合葬は周公のときから始まったのであろう」。曾子の遺体は、(正室ではなく)炊事場で湯灌された。 大功(九か月の喪服)の喪に服している間は、学業をやめる。ある人は言った。「大功の喪中でも、書を口ずさんで暗誦するのはよい」。 子張(孔子の弟子)が病んで重くなり、子の申祥を呼んで言った。「君子が死ぬことを終といい、小人が死ぬことを死という。私も今日こそ、終といえるものに近づけただろうか」。
解説
第一は合葬の起源で、舜の三妃が舜の葬地に従わなかったことから、古は合葬しなかったとし、季武子は合葬が周公に始まると推す。曾子が炊事場で湯灌されたことについて、鄭玄は易簀の際の曾元の言葉を見て、謙倹をもって子を正そうとしたのだと注している。第二は、大功の喪中は学業をやめるが、暗誦ならよいとする説で、鄭玄は口で習うことを許したのだと注す。第三は子張の臨終の言葉である。鄭玄は、事を終えることを終といい、消え尽きることを死というと注し、申祥に喪を執らせて自分の志を成し遂げさせたいのだと解する。君子の死は務めを果たし終えることであり、小人の死はただ消えることだという区別は、人生を何によって締めくくるかを問う。一日一日を終えるように生きよという教えとして読むこともできる。
この章句が説くこと
礼記子張終合葬檀弓
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