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礼記 / 檀弓上

始死,充充如有窮;既殯,瞿瞿如有求而弗得;既葬,皇皇如有望而弗至。練而慨然,祥而廓然。 邾婁復之以矢,蓋自戰於升陘始也。魯婦人之髽而弔也,自敗於臺鮐始也。

新字:始死,充充如有窮;既殯,瞿瞿如有求而弗得;既葬,皇皇如有望而弗至。練而慨然,祥而廓然。 邾婁復之以矢,蓋自戦於升陘始也。魯婦人之髽而弔也,自敗於台鮐始也。

書き下し

始めて死するや、充充如として窮まる有るが如し。既に殯すれば、瞿瞿(くく)如として求むる有りて得ざるが如し。既に葬れば、皇皇如として望む有りて至らざるが如し。練して慨然たり、祥して廓然たり。 邾婁(ちゅろう)の復(ふく)するに矢を以てするは、蓋し升陘(しょうけい)に戦いしより始まるなり。魯の婦人の髽(さ)して弔うは、台鮐(たいたい)に敗れしより始まるなり。

現代語訳

親が死んだばかりのときは、行き詰まって途方に暮れたようなありさまである。殯を済ませると、きょろきょろと何かを探し求めて見つからないようなありさまである。葬り終えると、落ち着かず、待ち望む人がいつまでも来ないようなありさまである。一周忌の練祭(喪服の一部を練った布に替える祭り)では、ため息をついて嘆き、二年目の祥祭(喪の終わりの祭り)では、心がぽっかりと空いたようになる。 邾婁(魯の隣国)で、死者の魂を呼び戻す復の儀式に矢を用いるようになったのは、升陘の戦いからである。魯の婦人が髪を麻で束ねた髽のまま弔問するようになったのは、台鮐の戦いに敗れてからである。

解説

前半は、親を亡くした子の心の移り変わりを、喪の段階ごとに写し取った名文である。死の直後は行き場を失い、殯の後は探しても見つからず、葬った後は待っても来ない。礼の段取りを定めながら、その時々の人の心の姿を率直に描いており、喪礼が感情を押さえつけるためではなく、感情の自然な推移に形を与えるためのものであることがよくわかる。後半は、戦の惨禍が礼を変えた二つの例である。鄭玄は、升陘の戦いを魯の僖公二十二年とし、死傷が甚だしく招魂に使う衣もなかったため矢を用いたと注す。台鮐の敗戦は襄公四年で、「台」は「壺」の誤りで左伝は「狐駘」に作ると注し、家々に喪があったので髽のまま弔い合ったと説く。悲しみには順序と時間が要ること、そして慣習の中には災いの記憶が刻まれていることを、この段は教える。

この章句が説くこと

礼記喪礼悲しみ服喪檀弓

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