明君家訓 / 第13条一
父母、兄弟、親族等、死去の節、喪服の月數、聖人の御代には、父母には三年、其外兄弟親族にもそれ〱に成法有之候、某が家臣たるものは、一統に聖人の法の如く、喪服相勤申樣にいたし度候へども、これまた急に執行がたく候、時節を相待可申出候、其内志有之、三年の喪、其外の喪も、古法のごとく相勤度とねがひ申者有之候はゞ珍重可存候、其外は父母に五十日、兄弟親族にも、俗令に定置候通り可相勤候、若不行儀なる體承候はゞ、品により急度可申付候、古は喪といへばかならず聲をあげてなきかなしび、引こもり居申内は酒をのまず、女色にちかづかず、なげきの心までにして物ごとをんびんにいたし候、就中父母の喪は、一代の大事これに過ぬかなしひに候、其故は、父母は骨肉をわけしたしみ有之、わがみのいてきし本にて候へば、常々わが身よりも大切成儀に候、
新字:父母、兄弟、親族等、死去の節、喪服の月数、聖人の御代には、父母には三年、其外兄弟親族にもそれ〱に成法有之候、某が家臣たるものは、一統に聖人の法の如く、喪服相勤申様にいたし度候へども、これまた急に執行がたく候、時節を相待可申出候、其内志有之、三年の喪、其外の喪も、古法のごとく相勤度とねがひ申者有之候はゞ珍重可存候、其外は父母に五十日、兄弟親族にも、俗令に定置候通り可相勤候、若不行儀なる体承候はゞ、品により急度可申付候、古は喪といへばかならず声をあげてなきかなしび、引こもり居申内は酒をのまず、女色にちかづかず、なげきの心までにして物ごとをんびんにいたし候、就中父母の喪は、一代の大事これに過ぬかなしひに候、其故は、父母は骨肉をわけしたしみ有之、わがみのいてきし本にて候へば、常々わが身よりも大切成儀に候、
書き下し
父母、兄弟、親族等、死去の節、喪服の月數、聖人の御代には、父母には三年、其外兄弟親族にもそれ〱に成法有之候、某が家臣たるものは、一統に聖人の法の如く、喪服相勤申樣にいたし度候へども、これまた急に執行がたく候、時節を相待可申出候、其内志有之、三年の喪、其外の喪も、古法のごとく相勤度とねがひ申者有之候はゞ珍重可存候、其外は父母に五十日、兄弟親族にも、俗令に定置候通り可相勤候、若不行儀なる體承候はゞ、品により急度可申付候、古は喪といへばかならず聲をあげてなきかなしび、引こもり居申内は酒をのまず、女色にちかづかず、なげきの心までにして物ごとをんびんにいたし候、就中父母の喪は、一代の大事これに過ぬかなしひに候、其故は、父母は骨肉をわけしたしみ有之、わがみのいてきし本にて候へば、常々わが身よりも大切成儀に候、
現代語訳
父母、兄弟、親族などが亡くなったときの喪服の月数について、聖人の世には父母には三年、そのほか兄弟や親族にもそれぞれの定めがあった。私の家臣たる者には、みな聖人の法のとおりに喪に服させたいと思うが、これも急には実行しがたいので、時節を待って申し出ることにする。その間に志のある者が、三年の喪、そのほかの喪も古法のとおりに勤めたいと願い出たなら、結構なことと思う。それ以外の者は、父母には五十日、兄弟や親族にも、世間の令に定めてあるとおりに勤めなさい。もし不行儀な様子を耳にしたら、事によってはきっと申し付ける。昔は喪といえば必ず声をあげて泣き悲しみ、引きこもっている間は酒を飲まず、女色に近づかず、嘆きの心でいっぱいにして、物ごとを穏やかに行ったものである。なかでも父母の喪は、一代の大事としてこれ以上の悲しみはない。なぜなら、父母は骨肉を分けた親しみがあり、わが身が生まれ出た本であるから、ふだんから自分の身よりも大切なものだからである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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礼記・檀弓上始めて死するや、充充如として窮まる有るが如し。既に殯すれば、瞿瞿(くく)如として求むる有りて得ざるが如し。既に葬れば、皇皇如として望む有りて至らざるが如し。練して慨然たり、祥して廓然たり。 邾婁(ちゅろう)の復(ふく)するに矢を以てするは、蓋し升陘(しょうけい)に戦いしより始まるなり。魯の婦人の髽(さ)して弔うは、台鮐(たいたい)に敗れしより始まるなり。
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礼記・喪服小記再期(さいき)の喪は、三年なり。期の喪は、二年なり。九月七月の喪は、三時なり。五月の喪は、二時なり。三月の喪は、一時なり。故に期にして祭るは、礼なり。期にして喪を除くは、道なり。祭は喪を除くが為ならざるなり。三年にして後に葬る者は必ず再祭す。其の祭の間は時を同じくせずして喪を除く。大功の者の主人の喪に、三年の者有れば、則ち必ず之が為に再祭す。朋友は、虞祔(ぐふ)のみ。士の妾に子有れば、之が為に緦(し)す。子無ければ則ち已む。生まれて祖父母・諸父・昆弟に及ばずして、父税喪(ぜいそう)すれば、己は則ち否(しか)らず。降りて緦・小功に在る者は、則ち之を税す。君の父母・妻・長子の為に、君已に喪を除きて後に喪を聞けば、則ち税せず。近臣は、君服すれば斯(すなわ)ち服す。其の余は、従いて服し、従いて税せず。君未だ喪を知らずと雖も、臣は服すること已(すで)にす。
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『春秋左氏伝』襄公十七年 子罕、築く者を撻つ十一月甲午、國人瘈狗を逐ふ。瘈狗華臣氏に入る。國人之に從ふ。華臣懼れ、遂に陳に奔る。宋の皇國父大宰と為り、平公の為に臺を築き、農功を妨ぐ。子罕農功の畢はるを俟たんことを請ふ。公許さず。築く者謳ひて曰く、「澤門の皙、實に我が役を興す。邑中の黔、實に我が心を慰む」と。子罕之を聞き、親ら扑を執りて、以って築く者を行り、其の勉めざる者を抶ちて曰く、「吾が儕小人、皆闔廬有りて、以って燥濕寒暑を辟く。今君一臺を為りて速やかに成らず、何を以ってか役を為さん」と。謳ふ者乃ち止む。或ひと其の故を問ふ。子罕曰く、「宋國區區たるに、詛ふ有り祝ふ有るは、禍の本なり」と。齊の晏桓子卒す。晏嬰麤縗斬、苴絰帶、杖、菅屨、鬻を食ひ、倚廬に居り、苫に寢ね、草を枕とす。其の老曰く、「大夫の禮に非ざるなり」と。曰く、「唯だ卿のみ大夫為り」と。
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『明君家訓』第12条父母、兄弟、妻子、等、死去致し候節、葬送の禮法、古の聖人定置たまへりといへども、いま急に執行がたく候、追て宜く相計ひ可申出候、
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礼記・喪大記期(き)に廬に居り、喪を終うるまで内に御せざる者は、父在りて母の為にし、妻の為にするなり。斉衰(しさい)期の者、大功布衰九月の者は、皆三月内に御せず。婦人は廬に居らず、苫に寝ねず。父母を喪(うしな)えば、既に練して帰る。期・九月の者は、既に葬りて帰る。公の喪には、大夫は練を俟ち、士は卒哭して帰る。大夫・士の父母の葬には、既に練して帰る。朔月・忌日には、則ち帰りて宗室に哭す。諸父・兄弟の喪には、既に卒哭して帰る。父は子に次(じ)せず、兄は弟に次せず。
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史記 万石張叔列伝万石君は元朔五年中を以て卒す。長子郎中令建哭泣哀思し、杖に扶けられて乃ち能く行く。歳余にして、建も亦死す。諸子孫咸孝なるも、然れども建最も甚だしく、万石君より甚だし。
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