礼記 / 曲礼下
天子視不上於袷,不下於帶;國君綏視;大夫衡視;士視五步。凡視:上於面則敖,下於帶則憂,傾則姦。 君命,大夫與士肄。在官言官,在府言府,在庫言庫,在朝言朝。朝言不及犬馬;輟朝而顧,不有異事,必有異慮。故輟朝而顧,君子謂之固。在朝言禮,問禮,對以禮。
新字:天子視不上於袷,不下於帯;国君綏視;大夫衡視;士視五歩。凡視:上於面則敖,下於帯則憂,傾則姦。 君命,大夫与士肄。在官言官,在府言府,在庫言庫,在朝言朝。朝言不及犬馬;輟朝而顧,不有異事,必有異慮。故輟朝而顧,君子謂之固。在朝言礼,問礼,対以礼。
書き下し
天子を視るには袷(こう)より上らず、帯より下らず。国君には綏(だ)視し、大夫には衡視し、士には五歩を視る。凡そ視ること、面より上れば則ち敖(おご)り、帯より下れば則ち憂え、傾くれば則ち姦(かん)なり。 君命ずれば、大夫と士と肄(なら)う。官に在りては官を言い、府に在りては府を言い、庫に在りては庫を言い、朝に在りては朝を言う。朝には言犬馬に及ばず。朝を輟(や)めて顧みるは、異事有らずんば、必ず異慮有り。故に朝を輟めて顧みるは、君子これを固と謂う。朝に在りては礼を言い、礼を問えば、対うるに礼を以てす。
現代語訳
天子を見るときは、襟の交わる所より上を見ず、帯より下を見ない。国君(諸侯)を見るときは、顔より少し下(襟の上)を見る。大夫を見るときは、顔を平らに見る。士を見るときは、周囲五歩の内に目をやってよい。およそ人を見るとき、視線が相手の顔より上にあれば驕って見え、帯より下にあれば憂いがあるように見え、斜めに見れば邪な心があるように見える。 主君が命じたことは、大夫と士とがあらかじめ習っておく。官(文書を扱う所)にいれば官の事を議し、府(財貨を納める所)にいれば府の事を、庫(車馬兵器を納める所)にいれば庫の事を、朝廷にいれば朝廷の事を議する。朝廷では犬や馬の話をしない。朝廷の最中に後ろを振り返るのは、何か変わった事が起きたのでなければ、心に別の思いがあるからである。だから朝廷の最中に振り返ることを、君子は固陋(礼をわきまえない)と呼ぶ。朝廷では礼を語り、礼を問われれば礼に則って答える。
解説
この章句が説くこと
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荀子・大略篇坐しては膝を視、立ちては足を視、応対言語には面を視る。立ちて前を視ること六尺にして之を大にすれば、六六三十六、三丈六尺なり。
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礼記・曲礼上君子に侍坐するに、君子欠伸し、杖屨(じょうく)を撰(と)り、日の蚤莫(そうぼ)を視れば、侍坐する者は出でんことを請う。君子に侍坐するに、君子端を更めて問えば、則ち起ちて対う。君子に侍坐するに、若し告ぐる者有りて曰く、「少しく間(かん)あらば、願わくは復(もう)すこと有らん」と。則ち左右に屏(しりぞ)きて待つ。側聴すること毋かれ、噭応(きょうおう)すること毋かれ、淫視すること毋かれ、怠荒すること毋かれ。遊ぶに倨(おご)ること毋かれ、立つに跛(かたよ)ること毋かれ、坐するに箕(き)すること毋かれ、寝ぬるに伏すること毋かれ。髪を斂(おさ)めて髢(てい)すること毋かれ、冠して免(ぬ)ぐこと毋かれ、労して袒(はだぬ)ぐこと毋かれ、暑くして裳を褰(かか)ぐること毋かれ。
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礼記・曲礼下凡そ奉ずる者は心に当て、提(さ)ぐる者は帯に当つ。天子の器を執るには則ち衡(こう)より上にし、国君には則ち衡に平らかにし、大夫には則ちこれを綏(くだ)し、士には則ちこれを提ぐ。凡そ主器を執るには、軽きを執るも克(た)えざるが如くす。主器を執り、幣・圭・璧を操るには、則ち左手を尚び、行くに足を挙げず、車輪のごとく踵を曳く。立てば則ち磬折(けいせつ)して佩(はい)を垂る。主の佩倚(よ)れば、則ち臣の佩垂れ、主の佩垂るれば、則ち臣の佩委(ゆだ)ぬ。玉を執るに、其の藉(しゃ)有る者は則ち裼(せき)し、藉無き者は則ち襲(しゅう)す。
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礼記・玉藻君門に入るに、介は闑(げつ)を払い、大夫は棖(ちょう)と闑との間に中(あた)り、士介は棖を払う。賓入るに門に中らず、閾(しきい)を履まず、公事は闑の西よりし、私事は闑の東よりす。君と尸(し)との行くには接武(せつぶ)、大夫は継武、士は中武、徐趨(じょすう)にも皆是を用う。疾趨すれば則ち発せんと欲して手足移ること毋し。圏豚(けんとん)の行は足を挙げず、斉は流るるが如し、席上も亦然り。端行には頤溜(いりゅう)矢の如く、弁行には剡剡(えんえん)として屨を起こし、亀玉を執るには前を挙げ踵を曳き、蹜蹜如(しゅくしゅくじょ)たり。凡そ行容は愓愓(しょうしょう)、廟中は斉斉、朝廷は済済翔翔(せいせいしょうしょう)。君子の容は舒遅、尊ぶ所の者を見れば斉遬(さいそく)す。足容は重く、手容は恭しく、目容は端しく、口容は止まり、声容は静かに、頭容は直く、気容は粛み、立容は徳あり、色容は荘(おごそ)かに、坐は尸の如く、燕居して告ぐるには温温たり。凡そ祭には、容貌顔色、祭る所の者を見るが如し。喪容は纍纍(るいるい)、色容は顛顛(てんてん)、視容は瞿瞿梅梅(くくばいばい)、言容は繭繭(けんけん)。戎容は暨暨(きき)、言容は詻詻(がくがく)、色容は厲粛、視容は清明。立容は辨(へん)、卑しくして諂うこと毋く、頭頸は必ず中し、山のごとく立ち時に行き、盛気は顛実(てんじつ)、揚休(ようきゅう)玉色あり。凡そ自ら称するに、天子は予一人と曰い、伯は天子の力臣と曰う。諸侯の天子に於けるは某土の守臣某と曰い、其の辺邑に在るは、某屏の臣某と曰う。其の敵以下に於けるは寡人と曰い、小国の君は孤と曰い、擯者(ひんじゃ)も亦孤と曰う。上大夫は下臣と曰い、擯者は寡君の老と曰う。下大夫は自ら名いい、擯者は寡大夫と曰う。世子は自ら名いい、擯者は寡君の適(てき)と曰い、公子は臣孽(しんげつ)と曰う。士は伝遽(でんきょ)の臣と曰い、大夫に於いては外私と曰う。大夫私事に使いして、私人擯すれば則ち名を称し、公士擯すれば則ち寡大夫・寡君の老と曰う。大夫往く所有れば、必ず公士と与(とも)に賓と為るなり。
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礼記・曲礼下天子は穆穆(ぼくぼく)、諸侯は皇皇、大夫は済済(せいせい)、士は蹌蹌(そうそう)、庶人は僬僬(しょうしょう)たり。 天子の妃を「后」と曰い、諸侯には「夫人」と曰い、大夫には「孺人(じゅじん)」と曰い、士には「婦人」と曰い、庶人には「妻」と曰う。公・侯に夫人有り、世婦有り、妻有り、妾有り。夫人自ら天子に称して「老婦」と曰い、自ら諸侯に称して「寡小君」と曰い、自ら其の君に称して「小童」と曰う。世婦より以下は、自ら称して「婢子(ひし)」と曰う。子は父母に於いては則ち自ら名いうなり。列国の大夫天子の国に入りては「某士」と曰い、自ら称して「陪臣某」と曰う。外に於いては「子」と曰い、其の国に於いては「寡君の老」と曰う。使者自ら称して「某」と曰う。
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礼記・曲礼下天子は依(い)に当たりて立つ。諸侯北面して天子に見ゆるを、「覲(きん)」と曰う。天子佇(ちょ)に当たりて立ち、諸公は東面し、諸侯は西面するを、「朝」と曰う。 諸侯未だ期に及ばずして相見ゆるを「遇」と曰い、郤地(げきち)に相見ゆるを「会」と曰う。諸侯大夫をして諸侯に問わしむるを「聘」と曰い、信を約するを「誓」と曰い、牲に蒞(のぞ)むを「盟」と曰う。
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