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礼記 / 玉藻

君入門,介拂闑,大夫中棖與闑之間,士介拂棖。賓入不中門,不履閾,公事自闑西,私事自闑東。君與尸行接武,大夫繼武,士中武,徐趨皆用是。疾趨則欲發而手足毋移,圈豚行不舉足,齊如流,席上亦然。端行,頤溜如矢,弁行,剡剡起屨,執龜玉,舉前曳踵,蹜蹜如也。凡行容愓愓,廟中齊齊,朝廷濟濟翔翔。君子之容舒遲,見所尊者齊遬。足容重,手容恭,目容端,口容止,聲容靜,頭容直,氣容肅,立容德,色容莊,坐如尸,燕居告溫溫。凡祭,容貌顏色,如見所祭者。喪容纍纍,色容顛顛,視容瞿瞿梅梅,言容繭繭,戎容暨暨,言容詻詻,色容厲肅,視容清明。立容辨,卑毋諂,頭頸必中,山立時行,盛氣顛實,揚休玉色。凡自稱:天子曰予一人,伯曰天子之力臣。諸侯之於天子曰某土之守臣某,其在邊邑,曰某屏之臣某。其於敵以下曰寡人,小國之君曰孤,擯者亦曰孤。上大夫曰下臣,擯者曰寡君之老,下大夫自名,擯者曰寡大夫。世子自名,擯者曰寡君之適,公子曰臣孽。士曰傳遽之臣,於大夫曰外私。大夫私事使,私人擯則稱名,公士擯則曰寡大夫、寡君之老。大夫有所往,必與公士為賓也。

新字:君入門,介払闑,大夫中棖与闑之間,士介払棖。賓入不中門,不履閾,公事自闑西,私事自闑東。君与尸行接武,大夫継武,士中武,徐趨皆用是。疾趨則欲発而手足毋移,圏豚行不舉足,斉如流,席上亦然。端行,頤溜如矢,弁行,剡剡起屨,執亀玉,舉前曳踵,蹜蹜如也。凡行容愓愓,廟中斉斉,朝廷済済翔翔。君子之容舒遅,見所尊者斉遬。足容重,手容恭,目容端,口容止,声容静,頭容直,気容粛,立容徳,色容荘,坐如尸,燕居告温温。凡祭,容貌顔色,如見所祭者。喪容纍纍,色容顛顛,視容瞿瞿梅梅,言容繭繭,戎容暨暨,言容詻詻,色容厲粛,視容清明。立容弁,卑毋諂,頭頸必中,山立時行,盛気顛実,揚休玉色。凡自称:天子曰予一人,伯曰天子之力臣。諸侯之於天子曰某土之守臣某,其在辺邑,曰某屏之臣某。其於敵以下曰寡人,小国之君曰孤,擯者亦曰孤。上大夫曰下臣,擯者曰寡君之老,下大夫自名,擯者曰寡大夫。世子自名,擯者曰寡君之適,公子曰臣孽。士曰伝遽之臣,於大夫曰外私。大夫私事使,私人擯則称名,公士擯則曰寡大夫、寡君之老。大夫有所往,必与公士為賓也。

書き下し

君門に入るに、介は闑(げつ)を払い、大夫は棖(ちょう)と闑との間に中(あた)り、士介は棖を払う。賓入るに門に中らず、閾(しきい)を履まず、公事は闑の西よりし、私事は闑の東よりす。君と尸(し)との行くには接武(せつぶ)、大夫は継武、士は中武、徐趨(じょすう)にも皆是を用う。疾趨すれば則ち発せんと欲して手足移ること毋し。圏豚(けんとん)の行は足を挙げず、斉は流るるが如し、席上も亦然り。端行には頤溜(いりゅう)矢の如く、弁行には剡剡(えんえん)として屨を起こし、亀玉を執るには前を挙げ踵を曳き、蹜蹜如(しゅくしゅくじょ)たり。凡そ行容は愓愓(しょうしょう)、廟中は斉斉、朝廷は済済翔翔(せいせいしょうしょう)。君子の容は舒遅、尊ぶ所の者を見れば斉遬(さいそく)す。足容は重く、手容は恭しく、目容は端しく、口容は止まり、声容は静かに、頭容は直く、気容は粛み、立容は徳あり、色容は荘(おごそ)かに、坐は尸の如く、燕居して告ぐるには温温たり。凡そ祭には、容貌顔色、祭る所の者を見るが如し。喪容は纍纍(るいるい)、色容は顛顛(てんてん)、視容は瞿瞿梅梅(くくばいばい)、言容は繭繭(けんけん)。戎容は暨暨(きき)、言容は詻詻(がくがく)、色容は厲粛、視容は清明。立容は辨(へん)、卑しくして諂うこと毋く、頭頸は必ず中し、山のごとく立ち時に行き、盛気は顛実(てんじつ)、揚休(ようきゅう)玉色あり。凡そ自ら称するに、天子は予一人と曰い、伯は天子の力臣と曰う。諸侯の天子に於けるは某土の守臣某と曰い、其の辺邑に在るは、某屏の臣某と曰う。其の敵以下に於けるは寡人と曰い、小国の君は孤と曰い、擯者(ひんじゃ)も亦孤と曰う。上大夫は下臣と曰い、擯者は寡君の老と曰う。下大夫は自ら名いい、擯者は寡大夫と曰う。世子は自ら名いい、擯者は寡君の適(てき)と曰い、公子は臣孽(しんげつ)と曰う。士は伝遽(でんきょ)の臣と曰い、大夫に於いては外私と曰う。大夫私事に使いして、私人擯すれば則ち名を称し、公士擯すれば則ち寡大夫・寡君の老と曰う。大夫往く所有れば、必ず公士と与(とも)に賓と為るなり。

現代語訳

君が門を入るときは、先導の介(かい、随員)は門の中央の闑(げつ、門中央の短い柱)をかすめて通り、大夫は棖(ちょう、門の両脇の柱)と闑の中間を通り、士の随員は棖をかすめて通る。賓客として他国の門を入るときは門の真ん中を通らず、敷居を踏まない。公の用務なら闑の西を通り、私的な用務なら闑の東を通る。君と尸(し、祭りで祖先の身代わりとなる者)が歩くときは、足跡が半分ずつ重なるほどの小さな歩幅で歩み、大夫は足跡が前の足跡に接する歩幅、士は足跡一つ分をあける歩幅で歩く。ゆっくり小走りするときも皆この歩幅に従う。速く小走りするときは、足を大きく踏み出したいようでも、手足の構えは乱さない。圏豚(けんとん、足をすって進む歩き方)では足を上げず、裳の裾が水の流れるように動く。席の上でもそうである。まっすぐ正しく歩むときは、あごを下げて矢のようにまっすぐ進む。急いで歩むときは、つま先を鋭く上げて進む。亀甲や玉を捧げ持つときは、つま先を上げ踵を引きずるようにして、小刻みに慎重に歩む。およそ道を歩く姿はまっすぐ速やかに、廟の中では慎み深く、朝廷では威儀正しくのびやかにする。君子の姿はゆったりと落ち着いているが、尊ぶべき人を見れば身を引き締めて慎む。足の運びは重々しく、手の構えは恭しく、目つきはまっすぐに、口は閉じて無駄に動かさず、声は静かに、頭はまっすぐに、息づかいは粛然と、立ち姿は徳を備えたように、顔色は荘重にする。坐るときは尸のように端然とし、くつろいで人に話すときは温和にする。およそ祭りでは、姿と顔色を、祭る相手を目の前に見ているかのようにする。喪中の姿はやつれて力なく、顔色は憂いに沈み、目つきは驚き惑うようにぼんやりとし、ことばは細く途切れがちにする。戦陣での姿は果断に、ことばはきびしく、顔色は厳しく引き締まり、目つきは澄んで明らかにする。立ち姿は身をかがめてへりくだるが、へつらってはならない。頭と首は必ずまっすぐに保ち、山のようにどっしりと立ち、時に応じて歩み出す。気力を盛んに満たし、よい気が玉のように顔に表れるようにする。およそ自分を称するとき、天子は「予一人」と言い、州の長である伯は「天子の力臣(りきしん)」と言う。諸侯は天子に対しては「某土の守臣某」と言い、辺境にある者は「某屏(へい、守りの垣)の臣某」と言う。諸侯は対等以下の相手には「寡人(かじん)」と言い、小国の君は「孤」と言い、取り次ぎ役の擯者(ひんじゃ)も主君を「孤」と言う。上大夫は自分を「下臣」と言い、擯者は「寡君の老」と言う。下大夫は自分の名を言い、擯者は「寡大夫」と言う。世子は自分の名を言い、擯者は「寡君の適(てき、嫡子)」と言う。公子は「臣孽(しんげつ、庶子の臣)」と言う。士は「伝遽(でんきょ、使い走り)の臣」と言い、他国の大夫に対しては「外私」と言う。大夫が私用で他国に使いするとき、自分の家臣が擯者となれば名を称し、公の士が擯者となれば「寡大夫」あるいは「寡君の老」と言う。大夫がどこかへ出向くときは、必ず公の士を伴って賓客となるのである。

解説

門の通り方、歩き方、場面ごとの容貌、そして自称のことばを定めた、玉藻篇の締めくくりの段である。歩幅が君・大夫・士で違い、持つ物や場所によって足の運びまで変わるのは、身体の動きそのものを礼の言葉として扱っているからである。中ほどの「足容は重く、手容は恭しく」に始まる九つの容は、後に朱子学で「九容」として重んじられ、身を正して心を正す修養の要とされた。後半の自称の一覧は、同じ人でも誰に向かって話すかによって名乗りを変える仕組みで、天子の「予一人」から士の「伝遽の臣」まで、へりくだりの度合いが細かく刻まれている。姿勢、表情、名乗り方が相手への態度を語るという点は、面接や商談の場で誰もが実感していることである。

この章句が説くこと

礼記玉藻九容容儀自称

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