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礼記 / 曲礼下

天子穆穆,諸侯皇皇,大夫濟濟,士蹌蹌,庶人僬僬。 天子之妃曰「后」,諸侯曰「夫人」,大夫曰「孺人」,士曰「婦人」,庶人曰「妻」。公、侯有夫人,有世婦,有妻,有妾。夫人自稱於天子曰「老婦」;自稱於諸侯曰「寡小君」;自稱於其君曰「小童」。自世婦以下,自稱曰「婢子」。子於父母則自名也。列國之大夫入天子之國曰「某士」,自稱曰「陪臣某」。於外曰「子」,於其國曰「寡君之老」。使者自稱曰「某」。

新字:天子穆穆,諸侯皇皇,大夫済済,士蹌蹌,庶人僬僬。 天子之妃曰「后」,諸侯曰「夫人」,大夫曰「孺人」,士曰「婦人」,庶人曰「妻」。公、侯有夫人,有世婦,有妻,有妾。夫人自称於天子曰「老婦」;自称於諸侯曰「寡小君」;自称於其君曰「小童」。自世婦以下,自称曰「婢子」。子於父母則自名也。列国之大夫入天子之国曰「某士」,自称曰「陪臣某」。於外曰「子」,於其国曰「寡君之老」。使者自称曰「某」。

書き下し

天子は穆穆(ぼくぼく)、諸侯は皇皇、大夫は済済(せいせい)、士は蹌蹌(そうそう)、庶人は僬僬(しょうしょう)たり。 天子の妃を「后」と曰い、諸侯には「夫人」と曰い、大夫には「孺人(じゅじん)」と曰い、士には「婦人」と曰い、庶人には「妻」と曰う。公・侯に夫人有り、世婦有り、妻有り、妾有り。夫人自ら天子に称して「老婦」と曰い、自ら諸侯に称して「寡小君」と曰い、自ら其の君に称して「小童」と曰う。世婦より以下は、自ら称して「婢子(ひし)」と曰う。子は父母に於いては則ち自ら名いうなり。列国の大夫天子の国に入りては「某士」と曰い、自ら称して「陪臣某」と曰う。外に於いては「子」と曰い、其の国に於いては「寡君の老」と曰う。使者自ら称して「某」と曰う。

現代語訳

天子の立ち居振る舞いは穆穆として奥深く威厳があり、諸侯は皇皇として堂々と盛んであり、大夫は済済として整って美しく、士は蹌蹌として軽やかに動き、庶人は僬僬として小刻みにせわしく動く。 天子の妃を「后」といい、諸侯の妃を「夫人」といい、大夫の妻を「孺人」といい、士の妻を「婦人」といい、庶人の妻を「妻」という。公や侯には夫人があり、世婦があり、妻があり、妾がある。諸侯の夫人は、天子に対しては自らを「老婦」と称し、他国の諸侯に対しては「寡小君」と称し、自分の夫である君に対しては「小童」と称する。世婦から下の者は、自らを「婢子」と称する。子は父母に対しては自分の名を名乗る。諸侯の国の大夫が天子の都に入ると「某士」と呼ばれ、自らを「陪臣某(家臣の家臣である某)」と称する。他国では「子」と呼ばれ、自国では「寡君の老」と呼ばれる。使者として赴いたときは、自らを「某」とだけ名乗る。

解説

身分ごとの立ち居振る舞いの様子と、妻の呼び名、女性や大夫の自称を定めた段である。冒頭の穆穆・皇皇・済済・蹌蹌・僬僬の五語は、天子から庶人までの歩き方や挙措の趣を言い分けたもので、鄭玄は、尊い者ほどゆったりと体を伸ばし、卑しい者ほど体を縮めて動くと注している。身分が姿そのものに表れるという古代の感覚である。後半では、天子の后から庶人の妻まで、妻の呼称が身分によって五段に分かれる。日本語で身分の高い人の妻を「夫人」と呼ぶのも、こうした呼称の体系の流れを汲むものである。諸侯の夫人が、天子には「老婦」、他国の君には「寡小君」、自分の夫には「小童」と、相手によって自称を変えるのは、相手との関係に応じてへりくだり方を調える礼の細やかさを示している。他国に入った大夫が「陪臣」と名乗るのも同じ考えである。ふるまいや言葉遣いが自然とその人の立場を映すという見方は、今の社会人の身だしなみや言葉遣いにも当てはまる。

この章句が説くこと

礼記称号威儀夫人曲礼

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