礼記 / 曲礼上
生,與來日,死,與往日。 知生者弔,知死者傷。知生而不知死,弔而不傷;知死而不知生,傷而不弔。 弔喪弗能賻,不問其所費。問疾弗能遺,不問其所欲。見人弗能館,不問其所舍。賜人者不曰「來取」。與人者不問其所欲。
新字:生,与来日,死,与往日。 知生者弔,知死者傷。知生而不知死,弔而不傷;知死而不知生,傷而不弔。 弔喪弗能賻,不問其所費。問疾弗能遺,不問其所欲。見人弗能館,不問其所舎。賜人者不曰「来取」。与人者不問其所欲。
書き下し
生には来日を与(かぞ)え、死には往日を与う。 生を知る者は弔(ちょう)し、死を知る者は傷む。生を知りて死を知らざれば、弔して傷まず。死を知りて生を知らざれば、傷みて弔せず。 喪を弔して賻(ふ)すること能わざれば、其の費やす所を問わず。疾を問いて遺(おく)ること能わざれば、其の欲する所を問わず。人を見て館すること能わざれば、其の舎(やど)る所を問わず。人に賜う者は「来たり取れ」と曰わず。人に与うる者は其の欲する所を問わず。
現代語訳
喪の日数を数えるとき、生きている者に関わること(喪服を脱ぐ日など)は死の翌日から数え、死者に関わること(殯や葬など)は死んだ当日から数える。 生きている遺族と面識のある者は遺族を弔問し、亡くなった人と面識のある者は死者を悼む。遺族は知っているが亡くなった人を知らなければ、遺族を慰めるだけで死者を悼む言葉は述べない。亡くなった人は知っているが遺族を知らなければ、死者を悼むだけで遺族への弔問の言葉は述べない。 喪家を弔問しても葬儀の費用を援助できないなら、費用がどれほどかかるかを尋ねない。病人を見舞っても何かを贈ることができないなら、何が欲しいかを尋ねない。人に会っても宿を提供できないなら、どこに泊まるかを尋ねない。人に物を賜るときは「取りに来なさい」とは言わない。人に物を与えるときは、何が欲しいかを尋ねない。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
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『正法眼蔵随聞記』巻一宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、
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人物志・八觀其の言甚だ懌べども、精色従わざる者は、中に違う有るなり。其の言違う有れども、精色信ずべき者は、辞の敏ならざるなり。
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『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
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『甲陽軍鑑』品第六如此の三楽も無果報〓にや終に一国とはたもたず、彼の三楽信玄公の背語申つることを聞て弥三楽を高上に存する也、古語に曰く、金以火ヲ試ミ人ハ以言ヲ試ム云々、人の善悪を云にて、其の者の行何計の者也としる可、人は人をほむるもそしるも大切ならん、九思一言ことはにけがのなきが実の武士ならん、
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