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礼記 / 曲礼上

先生書策琴瑟在前,坐而遷之,戒勿越。虛坐盡後,食坐盡前。坐必安,執爾顏。長者不及,毋儳言。正爾容,聽必恭。毋勦說,毋雷同。必則古昔,稱先王。侍坐於先生:先生問焉,終則對。請業則起,請益則起。父召無諾,先生召無諾;唯而起。侍坐於所尊敬,毋餘席。見同等不起。燭至起,食至起,上客起。燭不見跋。尊客之前不叱狗。讓食不唾。

新字:先生書策琴瑟在前,坐而遷之,戒勿越。虚坐尽後,食坐尽前。坐必安,執爾顔。長者不及,毋儳言。正爾容,聴必恭。毋勦説,毋雷同。必則古昔,称先王。侍坐於先生:先生問焉,終則対。請業則起,請益則起。父召無諾,先生召無諾;唯而起。侍坐於所尊敬,毋余席。見同等不起。燭至起,食至起,上客起。燭不見跋。尊客之前不叱狗。譲食不唾。

書き下し

先生の書策琴瑟前に在れば、坐してこれを遷し、戒めて越ゆること勿かれ。虚坐には後ろを尽くし、食坐には前を尽くす。坐すること必ず安んじ、爾(なんじ)の顔を執れ。長者及ばざれば、儳言(ざんげん)すること毋かれ。爾の容を正し、聴くこと必ず恭しくせよ。勦説(そうせつ)すること毋かれ、雷同すること毋かれ。必ず古昔に則り、先王を称せよ。先生に侍坐するに、先生問えば、終わりて則ち対う。業を請うには則ち起ち、益を請うには則ち起つ。父召せば諾すること無く、先生召せば諾すること無く、唯(い)して起つ。尊敬する所に侍坐するには、席を余すこと毋かれ。同等を見ては起たず。燭至れば起ち、食至れば起ち、上客には起つ。燭は跋(もと)を見(あらわ)さず。尊客の前には狗(いぬ)を叱らず。食を譲りて唾せず。

現代語訳

先生の書物や琴瑟(きんしつ、琴と大琴)が前にあれば、坐ったまま脇へ移し、またいで越えないように気をつけよ。食事をしない坐では席の後ろいっぱいに下がって坐り、食事の坐では席の前いっぱいに進んで坐る。坐るときは必ず落ち着き、表情を正しく保て。年長者の話が終わらないうちに、横から口をはさんではならない。容姿を正し、聴くときは必ず恭しくせよ。人の説を自分のものとして取ってはならず、考えもなく人の言うことに同調してはならない。必ず昔の道に則り、先王の教えを引いて語れ。先生のそばに侍って坐っているとき、先生が問うたら、問いが終わってから答える。教えを請うときは立ち上がり、さらに詳しく問うときも立ち上がる。父に呼ばれたら「はい」とゆるやかに答えるのではなく、先生に呼ばれたときも同じく、すぐに「唯」と答えて立ち上がる。尊敬する人のそばに侍るときは、席の前をあけずに詰めて坐る。同等の者が来ても立ち上がらない。灯火が運ばれてきたら立ち、食事が運ばれてきたら立ち、上客が来たら立つ。灯火は燃え残りの根元が見えるまで置いておかない。尊い客の前では犬を叱らない。食事を勧められて辞退するときは唾を吐かない。

解説

先生や年長者のそばに侍るときの心得を、坐り方から話し方、応答の仕方まで細かく定めた段である。とりわけ「勦説すること毋かれ、雷同すること毋かれ」の句は名高く、他人の説を自分のものにすることと、自分の考えなしに人に同調することを並べて戒めている。「付和雷同」という言葉はここに源をもつ。雷が鳴れば万物がそれに応じて響くように、人の言葉にただ唱和することを戒めたのである。先生が問い終えてから答え、教えを請うときには立つ、呼ばれたらゆるやかな「諾」ではなくすぐさまの「唯」で応じるという規定は、学ぶ側の真剣さを所作で示すものである。灯火の燃え残りを見せないのは、鄭玄の注に、燭が尽きかけているのを見せると客に倦み飽きたと思わせる嫌いがあるからだという。客の前で犬を叱らないのも、叱責の声が客に向けられたように聞こえるのを避けるためである。会議で人の意見を横取りしたり、何となく多数に流されたりしていないかを、自らに問わせる一段である。

この章句が説くこと

礼記雷同師弟傾聴曲礼

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