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折たく柴の記 / 『折たく柴の記』詩経から通鑑綱目へ進講の計画

廿二日、初めて大學の書を進講しつ。」明くれば甲戌の正月の初。仰せ下されしは、これよりさき、四書を講せしめられし事凡三遍、小學近思錄等の書各一遍。されど、いまだ聖人の道、いかにといふ事を明らかにせず。これより後、いかに學び給ふべきか。はからひ申すべしとの御事也。その對へ申しし事ども、その大要はいにしへの聖人、脩己ヲ治人ヲの道、四子の書に備はれり。これを躬に行ひ、心に得べき事、他に求むべからず。しかれども、聖人の大經大法その詳なる事をしろしめされむには、五經の書を兼ね學ばせ給ふべきか春秋猶富み給ふ事なれば、おこたらせ給ふ事なからむには、其の功の終らむこと遠きにもあるべからずと申す。さらばまづ詩禮より始めらるべしとて、侍講のもの二人に、日講の事を仰せ下されて、詩を進講すべき事は某に仰せ下さる。(禮記は吉田して講ぜしめらる)此の時に、我が長女疱瘡をうれひて、二月朔日に至りて死し、明卿また其の疱瘡をうれふ。」此等の事によりて、同じき月十三日、始めて詩經の講筵を開かる。此の年十一月廿日に至りて、某講に侍る事、凡百六十二日にして功終りぬ草木鳥獸等のごときは、畫師して圖せしめ、かねてまゐらせしかば、これらの事を講ずるにも便ありき。其の圖は猶今我が家にある者也。此の後書を以て進講すべき事を仰せ下され、また此の事すでに日ごとに講筵に臨まれしといへども、餘暇猶おはします。三代より以下、歷世治亂興亡の事をも、兼ね聞し召されむ事いかゝあるべきと仰せ下さる。仰せ下さるゝ所、誠に斯道の大幸なり。さらば司馬氏ノ資治通鑑。朱子ノ通鑑綱目の間を以て、兼ね學ばせ給ふべき御事かと對へ申しかは。通鑑綱目の書を兼ね學ぶべし。某また進講すべき由を仰せ下さる。明れば乙亥の年正月廿四日、書經の講筵を開かれ。同じき廿八日、通鑑綱目の講筵を開かる。此の年書を講ずること凡七十一日、十二月二十一日に至りて功就る。此の後某に春秋を講ずべき由を仰せ下さる。この年また禮記の功終らせ給ひしかば、周易を講ぜしめらるべしと聞ゆ。丙子の年正月廿六日、春秋の講筵を開かれ、左氏、公羊、穀梁、胡氏等の四傳をあはせ講ぜしめらる。通鑑綱目を兼ね講ずる事前のごとし。春秋の講は凡六年を經て、辛巳の年十二月十九日に至り、講に侍る事凡百五十七日にして功終れり。これより後、通鑑綱目の講、年々におこたらせ給はず。其の前編功終るに及びて、かくれさせ給ひたりける。

新字:廿二日、初めて大学の書を進講しつ。」明くれば甲戌の正月の初。仰せ下されしは、これよりさき、四書を講せしめられし事凡三遍、小学近思録等の書各一遍。されど、いまだ聖人の道、いかにといふ事を明らかにせず。これより後、いかに学び給ふべきか。はからひ申すべしとの御事也。その対へ申しし事ども、その大要はいにしへの聖人、脩己ヲ治人ヲの道、四子の書に備はれり。これを躬に行ひ、心に得べき事、他に求むべからず。しかれども、聖人の大経大法その詳なる事をしろしめされむには、五経の書を兼ね学ばせ給ふべきか春秋猶富み給ふ事なれば、おこたらせ給ふ事なからむには、其の功の終らむこと遠きにもあるべからずと申す。さらばまづ詩礼より始めらるべしとて、侍講のもの二人に、日講の事を仰せ下されて、詩を進講すべき事は某に仰せ下さる。(礼記は吉田して講ぜしめらる)此の時に、我が長女疱瘡をうれひて、二月朔日に至りて死し、明卿また其の疱瘡をうれふ。」此等の事によりて、同じき月十三日、始めて詩経の講筵を開かる。此の年十一月廿日に至りて、某講に侍る事、凡百六十二日にして功終りぬ草木鳥獣等のごときは、画師して図せしめ、かねてまゐらせしかば、これらの事を講ずるにも便ありき。其の図は猶今我が家にある者也。此の後書を以て進講すべき事を仰せ下され、また此の事すでに日ごとに講筵に臨まれしといへども、余暇猶おはします。三代より以下、歴世治乱興亡の事をも、兼ね聞し召されむ事いかゝあるべきと仰せ下さる。仰せ下さるゝ所、誠に斯道の大幸なり。さらば司馬氏ノ資治通鑑。朱子ノ通鑑綱目の間を以て、兼ね学ばせ給ふべき御事かと対へ申しかは。通鑑綱目の書を兼ね学ぶべし。某また進講すべき由を仰せ下さる。明れば乙亥の年正月廿四日、書経の講筵を開かれ。同じき廿八日、通鑑綱目の講筵を開かる。此の年書を講ずること凡七十一日、十二月二十一日に至りて功就る。此の後某に春秋を講ずべき由を仰せ下さる。この年また礼記の功終らせ給ひしかば、周易を講ぜしめらるべしと聞ゆ。丙子の年正月廿六日、春秋の講筵を開かれ、左氏、公羊、穀梁、胡氏等の四伝をあはせ講ぜしめらる。通鑑綱目を兼ね講ずる事前のごとし。春秋の講は凡六年を経て、辛巳の年十二月十九日に至り、講に侍る事凡百五十七日にして功終れり。これより後、通鑑綱目の講、年々におこたらせ給はず。其の前編功終るに及びて、かくれさせ給ひたりける。

書き下し

廿二日、初めて大學の書を進講しつ。」明くれば甲戌の正月の初。仰せ下されしは、これよりさき、四書を講せしめられし事凡三遍、小學近思錄等の書各一遍。されど、いまだ聖人の道、いかにといふ事を明らかにせず。これより後、いかに學び給ふべきか。はからひ申すべしとの御事也。その對へ申しし事ども、その大要はいにしへの聖人、脩己ヲ治人ヲの道、四子の書に備はれり。これを躬に行ひ、心に得べき事、他に求むべからず。しかれども、聖人の大經大法その詳なる事をしろしめされむには、五經の書を兼ね學ばせ給ふべきか春秋猶富み給ふ事なれば、おこたらせ給ふ事なからむには、其の功の終らむこと遠きにもあるべからずと申す。さらばまづ詩禮より始めらるべしとて、侍講のもの二人に、日講の事を仰せ下されて、詩を進講すべき事は某に仰せ下さる。(禮記は吉田して講ぜしめらる)此の時に、我が長女疱瘡をうれひて、二月朔日に至りて死し、明卿また其の疱瘡をうれふ。」此等の事によりて、同じき月十三日、始めて詩經の講筵を開かる。此の年十一月廿日に至りて、某講に侍る事、凡百六十二日にして功終りぬ草木鳥獸等のごときは、畫師して圖せしめ、かねてまゐらせしかば、これらの事を講ずるにも便ありき。其の圖は猶今我が家にある者也。此の後書を以て進講すべき事を仰せ下され、また此の事すでに日ごとに講筵に臨まれしといへども、餘暇猶おはします。三代より以下、歷世治亂興亡の事をも、兼ね聞し召されむ事いかゝあるべきと仰せ下さる。仰せ下さるゝ所、誠に斯道の大幸なり。さらば司馬氏ノ資治通鑑。朱子ノ通鑑綱目の間を以て、兼ね學ばせ給ふべき御事かと對へ申しかは。通鑑綱目の書を兼ね學ぶべし。某また進講すべき由を仰せ下さる。明れば乙亥の年正月廿四日、書經の講筵を開かれ。同じき廿八日、通鑑綱目の講筵を開かる。此の年書を講ずること凡七十一日、十二月二十一日に至りて功就る。此の後某に春秋を講ずべき由を仰せ下さる。この年また禮記の功終らせ給ひしかば、周易を講ぜしめらるべしと聞ゆ。丙子の年正月廿六日、春秋の講筵を開かれ、左氏、公羊、穀梁、胡氏等の四傳をあはせ講ぜしめらる。通鑑綱目を兼ね講ずる事前のごとし。春秋の講は凡六年を經て、辛巳の年十二月十九日に至り、講に侍る事凡百五十七日にして功終れり。これより後、通鑑綱目の講、年々におこたらせ給はず。其の前編功終るに及びて、かくれさせ給ひたりける。

現代語訳

二十二日、初めて『大学』の書を進講した。明けて甲戌の年の正月の初め、主君が仰せになったことには、これより前に四書を講義させたことはおよそ三遍、『小学』『近思録』などの書も各一遍であった。しかしまだ、聖人の道とはどのようなものかということを明らかにしていない。これから後、どのように学べばよいか、考えて申し上げよとのことであった。お答え申し上げた内容は、その大要として、昔の聖人が己を修め人を治める道は、四子の書(四書)に備わっている。これを身をもって行い、心に得るべきことは、他に求める必要はない。しかしながら、聖人の大経大法(大きな道筋と法)の詳しいところをお知りになるには、五経の書を併せてお学びになるのがよいでしょう。お年もまだお若いのだから、怠ることなくお続けになれば、その学びが終わるのも遠いことではありますまい、と申し上げた。それならばまず詩・礼から始めようとのことで、侍講の者二人に日講(毎日の講義)のことを仰せつけられ、詩を進講することは私に仰せつけられた。(礼記は吉田が講義するよう仰せつけられた。)この時、私の長女が疱瘡を患って二月一日に死に、明卿もまたその疱瘡を患った。こうしたことがあって、同じ月の十三日、初めて詩経の講筵を開かれた。この年の十一月二十日までに、私が講義に侍ったのはおよそ百六十二日で、講義は終わった。草木鳥獣などについては、絵師に図を描かせて前もってお目にかけたので、こうしたことを講義するにも都合がよかった。その図は今も私の家にある。この後、書経を進講せよと仰せになり、またこの学問はすでに毎日講筵にお臨みになっているとはいえ、なお余暇がおありである。三代(夏・殷・周)より後、歴代の治乱興亡のこともあわせてお聞きになってはどうかと仰せになる。仰せになるところは、まことに斯道の大きな幸いである。それならば司馬氏の『資治通鑑』と朱子の『通鑑綱目』のあたりをあわせてお学びになるのがよいかと存じますとお答えしたところ、通鑑綱目の書をあわせて学ぶことにする、私にまた進講せよと仰せになる。明けて乙亥の年の正月二十四日、書経の講筵を開かれ、同じ二十八日、通鑑綱目の講筵を開かれた。この年書を講義すること七十一日、十二月二十一日に至って終わった。この後、私に春秋を講義せよと仰せになる。この年また礼記も終えられたので、周易を講義させられることになるだろうと聞こえた。丙子の年の正月二十六日、春秋の講筵を開かれ、左氏・公羊・穀梁・胡氏らの四伝をあわせて講義させられた。通鑑綱目をあわせて講義することも前のとおりである。春秋の講義はおよそ六年を経て、辛巳の年十二月十九日に至り、講義に侍ること百五十七日で終わった。これより後、通鑑綱目の講義は、年々怠られることがなかった。その前編が終わるころに、お亡くなりになったのだった。

解説

白石が主君の綱豊に進講した学問の計画が、年月まで細かく記されています。まず四書を終えた後に五経へ進み、詩経、書経、礼記、春秋と順に講じ、さらに歴史書の通鑑綱目を並行させました。白石がこれほど詳しく書き留めたのは、主君の学びが段階を踏んで積み上がった経緯と、自分の務めを子孫に伝えるためでしょう。長女を亡くした年にも講義が続いたことが、淡々と添えられています。目標を示して順序を組み、学びを途切れさせない進め方は、現代の人材育成にも通じます。
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この章句が説くこと

進講四書五経詩経通鑑綱目春秋

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