折たく柴の記 / 『折たく柴の記』罪の重さを問われた白石の返答
我此の言を聞きて、打わらひて、さらば人々のかしこにむかひて、戰はむとせし事は罪にあらずとや思ふ。わぬしたちのころさむとおもふ所は、皆々當家にてはしかるべき人々なり。我がころさむとおもひしは、小門守る夫婦のものなり。主の家人ころさむ罪は、共に相同じくてそ。もし其の人の品の貴賤を論ぜば、我が罪は猶輕きに似たり。當時我もし勘氣をも蒙らざらむに、人々のかゝる事ありと聞きて、ゆきて助くることなからむには、たとひ戸部ものたまふことこそなからめ。内々には我がふるまひをよしとは思ひ給ふべきかは。さらば、勘氣をかうぶれる身といふとも、手かし足かしいれられたるにもあらばこそ。それに人々の戰死せむをよそに聞きて、我ひとり家に籠り居たらむには、事を公義によせて、幸に死をまぬかれたるかとこそ、人も思ふべけれ。とても横紙をやぶらむには、何條主の勘氣をも憚るべき。我またおとなしきほどの年齢にもあらむには、なすべきふるまひもあるべけれど、いまだはたちにもみたぬ我が身なり。されば、かく思ひたちし事、たゞこれ我が身の恥ならむ事をおもひしのみなり。人々の謝し給ふべき事とも思はずといひしに、また答ふる事もなくして歸りてその父にてありし人にかくといひしかば、あはれ父の子なりけるものかなとて、涙を流して悦ばれしと聞えたりし。
新字:我此の言を聞きて、打わらひて、さらば人々のかしこにむかひて、戦はむとせし事は罪にあらずとや思ふ。わぬしたちのころさむとおもふ所は、皆々当家にてはしかるべき人々なり。我がころさむとおもひしは、小門守る夫婦のものなり。主の家人ころさむ罪は、共に相同じくてそ。もし其の人の品の貴賤を論ぜば、我が罪は猶軽きに似たり。当時我もし勘気をも蒙らざらむに、人々のかゝる事ありと聞きて、ゆきて助くることなからむには、たとひ戸部ものたまふことこそなからめ。内々には我がふるまひをよしとは思ひ給ふべきかは。さらば、勘気をかうぶれる身といふとも、手かし足かしいれられたるにもあらばこそ。それに人々の戦死せむをよそに聞きて、我ひとり家に籠り居たらむには、事を公義によせて、幸に死をまぬかれたるかとこそ、人も思ふべけれ。とても横紙をやぶらむには、何条主の勘気をも憚るべき。我またおとなしきほどの年齢にもあらむには、なすべきふるまひもあるべけれど、いまだはたちにもみたぬ我が身なり。されば、かく思ひたちし事、たゞこれ我が身の恥ならむ事をおもひしのみなり。人々の謝し給ふべき事とも思はずといひしに、また答ふる事もなくして帰りてその父にてありし人にかくといひしかば、あはれ父の子なりけるものかなとて、涙を流して悦ばれしと聞えたりし。
書き下し
我此の言を聞きて、打わらひて、さらば人々のかしこにむかひて、戰はむとせし事は罪にあらずとや思ふ。わぬしたちのころさむとおもふ所は、皆々當家にてはしかるべき人々なり。我がころさむとおもひしは、小門守る夫婦のものなり。主の家人ころさむ罪は、共に相同じくてそ。もし其の人の品の貴賤を論ぜば、我が罪は猶輕きに似たり。當時我もし勘氣をも蒙らざらむに、人々のかゝる事ありと聞きて、ゆきて助くることなからむには、たとひ戸部ものたまふことこそなからめ。内々には我がふるまひをよしとは思ひ給ふべきかは。さらば、勘氣をかうぶれる身といふとも、手かし足かしいれられたるにもあらばこそ。それに人々の戰死せむをよそに聞きて、我ひとり家に籠り居たらむには、事を公義によせて、幸に死をまぬかれたるかとこそ、人も思ふべけれ。とても横紙をやぶらむには、何條主の勘氣をも憚るべき。我またおとなしきほどの年齢にもあらむには、なすべきふるまひもあるべけれど、いまだはたちにもみたぬ我が身なり。されば、かく思ひたちし事、たゞこれ我が身の恥ならむ事をおもひしのみなり。人々の謝し給ふべき事とも思はずといひしに、また答ふる事もなくして歸りてその父にてありし人にかくといひしかば、あはれ父の子なりけるものかなとて、涙を流して悦ばれしと聞えたりし。
現代語訳
「そこの老人と、私たちの父たちは、長年親しかったので、助けに来ようと思ったお志のほどは、感謝の言葉もない。しかし、勘気をこうむって家にこもっていた人が、私的に家を出るのもよろしくない。まして、その守りの者を殺して、門を破って出ようというのは、その罪は重なって重いのではないか」と言う。私はこの言葉を聞いて、笑って、「ならば人々があちらに向かって戦おうとしたことは罪ではないと思うのか。お前たちが殺そうとした所は、みなこの家ではしかるべき人々である。私が殺そうと思ったのは、小門を守る夫婦の者である。主の家人を殺す罪は、どちらも同じである。もしその人の身分の貴賤を論じるなら、私の罪はかえって軽いようだ。今、私がもし勘気をこうむっていなかったなら、人々がこのようなことをしていると聞いて、行って助けることがなければ、たとえ戸部がおっしゃらなくても、内心では私の行いを良いとはお思いになるはずがあろうか。それならば、勘気をこうむった身といっても、手枷足枷をはめられているわけでもあるまいに。それなのに人々が戦死するのをよそに聞いて、私一人が家に籠っていたら、事を公儀のせいにして、幸いに死を免れたのかと、人も思うだろう。どうせ横紙を破るならば、どうして主君の勘気を憚る必要があろう。私もまた分別のつく年ごろであれば、すべき振る舞いもあるだろうが、まだ二十歳にもならない私の身である。だから、こう思い立ったことは、ただ私の身の恥となるだろうことを思ったからにほかならない。人々が感謝なさるべきこととは思わない」と言うと、また答えることもなく帰り、その父であった人に「これこれでした」と言ったところ、「ああ、あの父の子であることよ」と言って、涙を流して喜ばれたと聞いた。
解説

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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
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『驢鞍橋』卷中又此の恥は、浮世の人知らされば、苦しからずとは云はんや。夢幻なる人間の中の恥をだに愚に思ふは更になし。況や未来永劫の恥に於てをや。此の理をしらさるを、理を知る人と云はんや、義ある人となさんや。さりとては兼て思ひ知り給ふへし。理ある人間ならは、是れを恐るへし。義ある人ならは、勇猛堅固の心釼を以て、生死の敵を截断して、大平に住すへしと云ふはさまざまの異生となり、悪道に輪廻し、世々生々耻を曝さん事、口惜き事に非すや。是れを永劫の苦みと云ふ也。是れをかへりみすと云ふこと有らんや。なに人の知るぞ知らぬぞと云ふ間ならんや。さりとては兼てよふ思ひ知り、勇猛心を以て生死を修し離れて、大安楽に住せよと云ふ事也。是れまてはいさめの分式也。末はおつとつて心の用ゐ様也。
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『講孟余話』離婁上 第七章此の章、公孫丑上篇第七章と同一の手段、同一の議論にして、均しく恥の一字を以て人を激励す。恥の一字は孟子喫緊の語なり。故に云ふ「人は以て恥無かるべからず」、又云ふ「恥の人に於ける大なり」(並びに盡心上篇に見ゆ)。然れども恥を知らぬ人に至りては、孟子の説も亦窮すべし。斉の景公の涕出でて呉に女すを見て、一時の権道、保国の良図と思ふの族は、人間に羞恥と云ふことあるを夢にも知らず。斯の人をして路に当たらしめば、国体を失ひ国事を誤ること、豈に限りあらんや。然れども恥は人心必有の物なれば、木石に非ざるよりは恥なきことを得ず。其の恥なきと云ふ者は、真に恥なきに非ず。恥づと雖も是れを処することなき故に、強ひて恥ぢざるの容をなすのみ。其の中心益々自ら恥づるなり。是れに因りて孟子又是れを処するの法を掲示し、遂に五年・七年等の効験を挙げて是れを歓動す。是に於て誰か敢へて羞恥を棄てて効験に趨かざらんや。況んや文王を師とするは甚だ容易なることにて、即ち上章反求在身の説に過ぎず。其の政に発する者は民を養ひ且つ教ふるに過ぎず。其の兵に発する者は民を弔ひ罪を伐つに過ぎず。已に羞恥の甚しきを知り、又効験の易きを知る。誰か敢へて其の図を改めざらんや。如何ぞ今人頑然として移らざる。時に復た孟子あることなし。吾将た誰をか尤めん。悲しいかな。
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言志四録・言志晩録 第二百四十条 恥を知れば則ち恥無し人は恥無かるべからず。又悔無かるべからず。悔を知れば則ち悔無く、恥を知れば則ち恥無し。
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『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、人を愧づべくんば明眼の人を愧づべし、予在宋の時天童の浄和尚、侍者に請するにいはく、元子は外国人たりといへども、器量人なりと云ふて請す、予堅く此を辞す、其故は和国に聞へん為にも、学道の稽古の為にも、大切なれども、衆中に具眼の人ありて、外国人として大叢林の侍者たらんこと、大国に人なきに似たりと難ずることやあらん、最もはぢつべしと思ひて、書状を以て此旨をのべしかば、浄和尚聞て、国を重んじ、人を愧づることを感じ、許して更に請し玉はざりしなり、
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『慎思録』巻之二人の世に在るや、恥づべき者五つ。寒餓の士、溝壑に転死する者は、与り存せず。人の子為る者、不孝にして父母に順はざる、一の恥づべきなり。人の臣為る者、其の位に居りて素餐し、且つ節に死せざる、二の恥づべきなり。民の父母為りて、其の民を養ふこと能はざる、三の恥づべきなり。学びて道を知ること能はざる、四の恥づべきなり。知りて行ふこと能はざる、五の恥づべきなり。