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折たく柴の記 / 『折たく柴の記』十八歳の勘気と家中の戦支度

戸部のうせ給ふべき前の年の事なり。我十八歳の秋、いつものごとくに所領におはします供したり。その十一月の半に、忽に勘氣蒙れる身となりて、家にこもり居し事あり。(これは宿直に當りて、獵の事ありしを、かくれ見し事によりてなり)其の月の末つかた、わか侍どもの、いひあらそふ事起りて、其の親戚黨類たちわかれ、大かた戸部の家人等のこりすくなく、十二月の初に、つひに兩方相戰はむとす。一方は皆々我が父の年比したしき人々にて、關といふ人の許に馳せ集りて、けふの未の比には、うちたつべしと聞ゆ。我に告げ知らせしものあれば、こざがしきやつ一人、その家にさしつかはして、人々かしこにむかひて、すでに戰を合すと見ば、はしり歸りてつげよ、たとひ人々討ち立つとも、いまだ戰ふに及ざるほどは來るべからずと、よく〳〵いましめやりて、殘るものには、もし入り來る人あらむには、我はけさより風の心地して、ふしたりといふべしといひて、はだには鎖をきて、衣服あらためて、上にはふすま引かづきてふし居つゝ待つ。日すでに暮るれども歸り來らず。いかにや〳〵と思ふに、戌の半に、かの遣はししもの歸り來りて、人々酉の初に打たち給ふべき程になりて、誰かれの人々かなたこなたにゆきかよひ給ひ、事を平げ給ひしに、たゞ今に至りて平にすでに鎖りて候ふと申す。また上杉殿の我を見つけ給ひて、問ひ給ひしによりて、主にて候ふものゝ、かくこそ申して候ひつれと、申しなりといふ。

新字:戸部のうせ給ふべき前の年の事なり。我十八歳の秋、いつものごとくに所領におはします供したり。その十一月の半に、忽に勘気蒙れる身となりて、家にこもり居し事あり。(これは宿直に当りて、猟の事ありしを、かくれ見し事によりてなり)其の月の末つかた、わか侍どもの、いひあらそふ事起りて、其の親戚党類たちわかれ、大かた戸部の家人等のこりすくなく、十二月の初に、つひに両方相戦はむとす。一方は皆々我が父の年比したしき人々にて、関といふ人の許に馳せ集りて、けふの未の比には、うちたつべしと聞ゆ。我に告げ知らせしものあれば、こざがしきやつ一人、その家にさしつかはして、人々かしこにむかひて、すでに戦を合すと見ば、はしり帰りてつげよ、たとひ人々討ち立つとも、いまだ戦ふに及ざるほどは来るべからずと、よく〳〵いましめやりて、残るものには、もし入り来る人あらむには、我はけさより風の心地して、ふしたりといふべしといひて、はだには鎖をきて、衣服あらためて、上にはふすま引かづきてふし居つゝ待つ。日すでに暮るれども帰り来らず。いかにや〳〵と思ふに、戌の半に、かの遣はししもの帰り来りて、人々酉の初に打たち給ふべき程になりて、誰かれの人々かなたこなたにゆきかよひ給ひ、事を平げ給ひしに、たゞ今に至りて平にすでに鎖りて候ふと申す。また上杉殿の我を見つけ給ひて、問ひ給ひしによりて、主にて候ふものゝ、かくこそ申して候ひつれと、申しなりといふ。

書き下し

戸部のうせ給ふべき前の年の事なり。我十八歳の秋、いつものごとくに所領におはします供したり。その十一月の半に、忽に勘氣蒙れる身となりて、家にこもり居し事あり。(これは宿直に當りて、獵の事ありしを、かくれ見し事によりてなり)其の月の末つかた、わか侍どもの、いひあらそふ事起りて、其の親戚黨類たちわかれ、大かた戸部の家人等のこりすくなく、十二月の初に、つひに兩方相戰はむとす。一方は皆々我が父の年比したしき人々にて、關といふ人の許に馳せ集りて、けふの未の比には、うちたつべしと聞ゆ。我に告げ知らせしものあれば、こざがしきやつ一人、その家にさしつかはして、人々かしこにむかひて、すでに戰を合すと見ば、はしり歸りてつげよ、たとひ人々討ち立つとも、いまだ戰ふに及ざるほどは來るべからずと、よく〳〵いましめやりて、殘るものには、もし入り來る人あらむには、我はけさより風の心地して、ふしたりといふべしといひて、はだには鎖をきて、衣服あらためて、上にはふすま引かづきてふし居つゝ待つ。日すでに暮るれども歸り來らず。いかにや〳〵と思ふに、戌の半に、かの遣はししもの歸り來りて、人々酉の初に打たち給ふべき程になりて、誰かれの人々かなたこなたにゆきかよひ給ひ、事を平げ給ひしに、たゞ今に至りて平にすでに鎖りて候ふと申す。また上杉殿の我を見つけ給ひて、問ひ給ひしによりて、主にて候ふものゝ、かくこそ申して候ひつれと、申しなりといふ。

現代語訳

戸部がお亡くなりになる前の年のことである。私は十八歳の秋、いつものように領地におられるのに供をした。その十一月の半ばに、たちまち勘気をこうむる身となって、家にこもっていたことがある。(これは宿直に当たっていたとき、狩りのことがあったのを、隠れて見たためである。)その月の末ごろ、若侍たちが言い争うことが起こり、その親戚・仲間が分かれ、おおかた戸部の家人たちは残り少なくなって、十二月の初めに、ついに両方が相戦おうとした。一方はみな私の父の長年親しい人々で、関という人のもとに馳せ集まり、今日の未のころには討ち立つだろうと聞こえる。私に告げ知らせる者があったので、利口な小者一人を、その家に差し遣わして、人々がそちらに向かって、すでに戦いを交えると見たら、走り帰って告げよ、たとえ人々が討ち立つとしても、まだ戦うに至らない間は来てはならない、とよくよく戒めてやり、残る者には、もし入って来る人があったら、私は今朝から風邪の気味で臥せっていると言えと言って、肌には鎖を着て、衣服を改め、上には夜着をかぶって臥して待っていた。日がすでに暮れても帰って来ない。どうしたことかと思っていると、戌の半ばに、あの遣わした者が帰って来て、人々が酉の初めに討ち立つはずの時刻になって、誰彼の人々があちらこちらに行き来なさって、事を平らげなさったので、ただ今に至って、無事にすでに鎮まりましたと申す。また上杉殿がその者を見つけてお尋ねになったので、主人である者は、これこれと申しておりました、と答えたという。

解説

十八歳の白石が、勘気で謹慎の身でありながら、家中の二派が武力衝突しかねない事態に備えた場面です。使いの者を出して情勢を探らせ、戦いにならない間は戻るなと戒め、残る者には言い訳を言い含めるなど、手順を決めて落ち着いて待っています。白石が若い日の出来事をここまで細かく記すのは、のちの判断の型がここにあると考えたからでしょう。緊急時に、情報を取る人を先に出し、自分は動かずに待つという構えは、今の現場の危機対応にも通じます。
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この章句が説くこと

勘気家中の争い関使いの者備え上杉殿

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