遠羅天釜 / 『遠羅天釜』悟った気の安閑は張六と同じ
參學亦如斯初儞所得卽是人人本具性唯有一乘法華眞面目也我所得亦人々本具性唯有一乘法華眞面目也此言見性是性初從見道終到種智成就毫釐無變遷如一鋌大冶精金故言初發心時便成正覺敎家此言十住初住轉有最後重關誰知祖庭猶隔天涯在焉往々擔此一片所見乃曰我今旣向朕兆未發以前佛祖未興之處立者裡全無生死無涅槃無煩惱無菩提一代藏經拭不淨故紙菩薩羅漢如厠穢參禪學道閑妄想古則公案眼中翳者裡無今時無那邊不求佛不求祖饑飯困眠有何所欠少者般見解佛祖亦不得醫只日日求安閑處今日只恁麼死猶狙地去明日亦恁麼死猶狙地去縱恁麼歷無數劫依然只是一箇死猶狙墀作什麼用如來此比疥癩野干身莊嚴呵爲蚯蚓智淨名曰焦芽敗種部類長沙此言百尺竿頭不動人臨濟言湛々黑暗深坑是言見地不脫所謂機不離位墮在毒海者也只執一片所見揩磨淨盡錯一生了如彼張六懷一鋌金困倦逼迫去死十分慈明黃龍眞淨晦堂息耕大惠諸老盡力攘斥救不得矣
新字:参学亦如斯初儞所得即是人人本具性唯有一乗法華真面目也我所得亦人々本具性唯有一乗法華真面目也此言見性是性初従見道終到種智成就毫釐無変遷如一鋌大冶精金故言初発心時便成正覚教家此言十住初住転有最後重関誰知祖庭猶隔天涯在焉往々担此一片所見乃曰我今既向朕兆未発以前仏祖未興之処立者裡全無生死無涅槃無煩悩無菩提一代蔵経拭不浄故紙菩薩羅漢如厠穢参禅学道閑妄想古則公案眼中翳者裡無今時無那辺不求仏不求祖饑飯困眠有何所欠少者般見解仏祖亦不得医只日日求安閑処今日只恁麼死猶狙地去明日亦恁麼死猶狙地去縦恁麼歴無数劫依然只是一箇死猶狙墀作什麼用如来此比疥癩野干身荘厳呵為蚯蚓智浄名曰焦芽敗種部類長沙此言百尺竿頭不動人臨済言湛々黒暗深坑是言見地不脱所謂機不離位堕在毒海者也只執一片所見揩磨浄尽錯一生了如彼張六懐一鋌金困倦逼迫去死十分慈明黄竜真浄晦堂息耕大恵諸老尽力攘斥救不得矣
書き下し
參學も亦た斯くの如し。初め儞の得る所は卽ち是れ人人本具の性、唯有一乘の法華の眞面目なり。我が得る所も亦た人々本具の性、唯有一乘の法華の眞面目なり。此れ見性は是れ性を見ると言ふ。初め見道從り終に種智成就に到るまで、毫釐も變遷無きこと、一鋌の大冶の精金の如し。故に言ふ、初發心の時、便ち正覺を成ず、と。敎家は此れを十住の初住と言ふ。轉た最後の重關有り。誰か知らん、祖庭、猶ほ天涯を隔てて在ることを。往々にして此の一片の所見を擔ひ、乃ち曰く、我、今、旣に朕兆未發以前、佛祖未興の處に向かひて立つ。者裡には全く生死無く、涅槃無く、煩惱無く、菩提無し。一代藏經は不淨を拭ふ故紙、菩薩羅漢は厠穢の如し。參禪學道は閑妄想、古則公案は眼中の翳なり。者裡には無く、今時には無く、那邊には無し。佛を求めず、祖を求めず、饑ゑては飯し、困しては眠る、何の欠少する所か有らん、と。者般の見解は、佛祖も亦た醫するを得ず。只だ日日に安閑の處を求め、今日は只だ恁麼に死猶狙地に去り、明日も亦た恁麼に死猶狙地に去る。縱ひ恁麼にして無數劫を歷るとも、依然として只だ是れ一箇の死猶狙墀なり。什麼の用をか作さん。如來は此れを疥癩の野干の身莊嚴に比して呵し、蚯蚓の智と爲す。淨名は焦芽敗種の部類と曰ふ。長沙の此れ百尺竿頭不動の人と言ひ、臨濟の湛々たる黑暗の深坑と言ふは、是れ見地を脫せざるを言ふ。所謂る機、位を離れず、毒海に墮在する者なり。只だ一片の所見を執して揩磨し淨盡して、一生を錯了するは、彼の張六が一鋌の金を懷きて困倦逼迫し、死に去ること十分なるが如し。慈明・黃龍・眞淨・晦堂・息耕・大惠の諸老、力を盡くして攘斥すれども、救ひ得ず。
現代語訳
参学もまたこのとおりである。はじめ、お前が得たものは、すなわち人々が本来具えている性、ただ一乗のみある法華の真面目である。私が得たものもまた、人々が本来具えている性、ただ一乗のみある法華の真面目である。これを、見性とは性を見ることだと言う。最初の見道から最後の種智の成就まで、少しも変わることがなく、一塊の大冶(鍛え抜かれた)精金のようなものである。それゆえ、初発心の時にすなわち正覚を成ずると言う。教家はこれを十住の初住と言うが、さらに転じて最後の重い関門がある。祖師の庭がなお天のはてほども隔たってあることを、誰が知っていようか。往々にして、この一片の見解を担い、こう言う。私は今すでに、兆しの現れる以前、仏祖が興る以前の処に向かって立っている。ここには全く生死もなく、涅槃もなく、煩悩もなく、菩提もない。一代の蔵経は不浄を拭う反古、菩薩や羅漢は厠の汚物のようなもの、参禅学道は無用の妄想、古則公案は眼の中のかすみである。ここには無く、今には無く、あちらにも無い。仏を求めず、祖を求めず、飢えれば飯を食い、疲れれば眠る、何の欠けるところがあろうか、と。こういう見解は、仏祖でも治すことができない。ただ日々安閑の処を求め、今日はただこのように死んだようにして過ごし、明日もまたこのように死んだようにして過ごす。たとえこうして無数劫を経ても、依然としてただ一つの死骸のようなものにすぎない。何の役に立とうか。如来はこれを、疥癩の野干がその身を飾るのに喩えて叱り、蚯蚓の智とされた。浄名(維摩)は、焦げた芽、腐った種の類だと言った。長沙が言う百尺竿頭不動の人、臨済が言う湛湛たる黒闇の深坑とは、この見地を脱しないことを言うのである。いわゆる、働きが位を離れず、毒の海に堕ちている者である。ただ一片の見解に執着し、磨き尽くして、一生を誤るのは、かの張六が一塊の金を懐にして困り果て、死に瀕しているのと同じである。慈明・黄龍・真浄・晦堂・息耕・大慧の諸老が力を尽くして排斥しても、救うことはできなかった。
解説

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