遠羅天釜 / 『遠羅天釜』白隠の自述と二兎を追う戒め
大凡世尊一代五千餘卷の金文有つて頓漸秘密不定の妙義を說き演べ玉ひたれども畢竟此の見性の大事を出ず故へに經に曰く唯此一事實餘二卽非眞と去る程に三世古今の間に見性せざるの佛祖なく見性せざるの賢聖は必定決定無き事なり山野七八歲より心を佛理に傾け十五歲の時出家十九歲にして行脚廿四歲にして初めて此の見性の大事に搔著す其後叢林を經普ねく諸善知識の門閫に跨がり博く諸經論を窺がひ略三敎の經典を探り及び諸子百家をさへに若し一法の自性の法門に超過せる有らば莊老列の道といへども必らず信受し推し弘めんと誓ひ侍りき今年六十五歲に到つて終ひに見性の大事に過たる法理を見ず左も侍らずば何しに妄りに紙墨を費やして覺へも無き事を書付け高覽に入れ侍るべきや只返す返すも見性の助けに便りよく侍へらば絶へずりも無く唱へ進みて一心不亂の田地に到り玉はば必定大歡喜の眉を開き玉ふべし若しそれ無の字を打捨て佛名を唱る事は專唱稱名の力らに依て見性分明に直に佛祖の骨髓に徹底する事を得ば是可なり縱ひ見性明白なる事を得ずとも稱名の功力に依て死後には必らず極樂に往生せん是一擧兩得萬全の良策なりとの底意ならば早速稱名の修行を放下し純一に無の字を擧揚し玉ふべし何が故ぞ斯れは是二百年來禪苑を荒廢し眞風を蠹害するの惡風俗杜撰の禪徒鄙俗下賤の邪見解なり夫れ禪宗は抓危が上へにも轉孤危ならん事を要し祖庭は嶮峻が上にも轉嶮峻なるを貴しとす常に要津を把定して凡聖を通ぜす一言を出す則ば三賢魂蕩し四果眼眩す一句を吐く則ば閑神恐れ走り野鬼悲しみ哭す木人の腸たを割き石女の髓を敲く棟梁の質あつて神俊の才を具する底の英伶の學者を見る則んば難透難解難信難入底の話頭を放つて正法眼藏を瞎却し涅槃妙心を攙奪す學者も亦蠱毒の鄕を過るが如く水も亦他の一滴をうけず堅に咬み橫に參じて情量の窟宅を破り智解の窠臼を拔き理盡き詞ば窮まり心死し意消して忽然として凡に非ず聖にあらず佛にあらず魔に非ざる底の奇怪の鈍瞎漢を放出して以て佛祖の深恩を報答す斯の如きの手段を法窟の爪牙と名け奪命の神符と云ふ大ひに上々根機の人に利あり中下の機は閣ひて顧みず淨家は却つて是に反す是れ又敬しつべきの一門なり
新字:大凡世尊一代五千余巻の金文有つて頓漸秘密不定の妙義を説き演べ玉ひたれども畢竟此の見性の大事を出ず故へに経に曰く唯此一事実余二即非真と去る程に三世古今の間に見性せざるの仏祖なく見性せざるの賢聖は必定決定無き事なり山野七八歳より心を仏理に傾け十五歳の時出家十九歳にして行脚廿四歳にして初めて此の見性の大事に搔著す其後叢林を経普ねく諸善知識の門閫に跨がり博く諸経論を窺がひ略三教の経典を探り及び諸子百家をさへに若し一法の自性の法門に超過せる有らば荘老列の道といへども必らず信受し推し弘めんと誓ひ侍りき今年六十五歳に到つて終ひに見性の大事に過たる法理を見ず左も侍らずば何しに妄りに紙墨を費やして覚へも無き事を書付け高覧に入れ侍るべきや只返す返すも見性の助けに便りよく侍へらば絶へずりも無く唱へ進みて一心不乱の田地に到り玉はば必定大歓喜の眉を開き玉ふべし若しそれ無の字を打捨て仏名を唱る事は専唱称名の力らに依て見性分明に直に仏祖の骨髄に徹底する事を得ば是可なり縦ひ見性明白なる事を得ずとも称名の功力に依て死後には必らず極楽に往生せん是一挙両得万全の良策なりとの底意ならば早速称名の修行を放下し純一に無の字を挙揚し玉ふべし何が故ぞ斯れは是二百年来禅苑を荒廃し真風を蠹害するの悪風俗杜撰の禅徒鄙俗下賤の邪見解なり夫れ禅宗は抓危が上へにも転孤危ならん事を要し祖庭は嶮峻が上にも転嶮峻なるを貴しとす常に要津を把定して凡聖を通ぜす一言を出す則ば三賢魂蕩し四果眼眩す一句を吐く則ば閑神恐れ走り野鬼悲しみ哭す木人の腸たを割き石女の髄を敲く棟梁の質あつて神俊の才を具する底の英伶の学者を見る則んば難透難解難信難入底の話頭を放つて正法眼蔵を瞎却し涅槃妙心を攙奪す学者も亦蠱毒の郷を過るが如く水も亦他の一滴をうけず堅に咬み横に参じて情量の窟宅を破り智解の窠臼を抜き理尽き詞ば窮まり心死し意消して忽然として凡に非ず聖にあらず仏にあらず魔に非ざる底の奇怪の鈍瞎漢を放出して以て仏祖の深恩を報答す斯の如きの手段を法窟の爪牙と名け奪命の神符と云ふ大ひに上々根機の人に利あり中下の機は閣ひて顧みず浄家は却つて是に反す是れ又敬しつべきの一門なり
書き下し
大凡世尊一代五千餘卷の金文有つて頓漸秘密不定の妙義を說き演べ玉ひたれども畢竟此の見性の大事を出ず故へに經に曰く唯此一事實餘二卽非眞と去る程に三世古今の間に見性せざるの佛祖なく見性せざるの賢聖は必定決定無き事なり山野七八歲より心を佛理に傾け十五歲の時出家十九歲にして行脚廿四歲にして初めて此の見性の大事に搔著す其後叢林を經普ねく諸善知識の門閫に跨がり博く諸經論を窺がひ略三敎の經典を探り及び諸子百家をさへに若し一法の自性の法門に超過せる有らば莊老列の道といへども必らず信受し推し弘めんと誓ひ侍りき今年六十五歲に到つて終ひに見性の大事に過たる法理を見ず左も侍らずば何しに妄りに紙墨を費やして覺へも無き事を書付け高覽に入れ侍るべきや只返す返すも見性の助けに便りよく侍へらば絶へずりも無く唱へ進みて一心不亂の田地に到り玉はば必定大歡喜の眉を開き玉ふべし若しそれ無の字を打捨て佛名を唱る事は專唱稱名の力らに依て見性分明に直に佛祖の骨髓に徹底する事を得ば是可なり縱ひ見性明白なる事を得ずとも稱名の功力に依て死後には必らず極樂に往生せん是一擧兩得萬全の良策なりとの底意ならば早速稱名の修行を放下し純一に無の字を擧揚し玉ふべし何が故ぞ斯れは是二百年來禪苑を荒廢し眞風を蠹害するの惡風俗杜撰の禪徒鄙俗下賤の邪見解なり夫れ禪宗は抓危が上へにも轉孤危ならん事を要し祖庭は嶮峻が上にも轉嶮峻なるを貴しとす常に要津を把定して凡聖を通ぜす一言を出す則ば三賢魂蕩し四果眼眩す一句を吐く則ば閑神恐れ走り野鬼悲しみ哭す木人の腸たを割き石女の髓を敲く棟梁の質あつて神俊の才を具する底の英伶の學者を見る則んば難透難解難信難入底の話頭を放つて正法眼藏を瞎却し涅槃妙心を攙奪す學者も亦蠱毒の鄕を過るが如く水も亦他の一滴をうけず堅に咬み橫に參じて情量の窟宅を破り智解の窠臼を拔き理盡き詞ば窮まり心死し意消して忽然として凡に非ず聖にあらず佛にあらず魔に非ざる底の奇怪の鈍瞎漢を放出して以て佛祖の深恩を報答す斯の如きの手段を法窟の爪牙と名け奪命の神符と云ふ大ひに上々根機の人に利あり中下の機は閣ひて顧みず淨家は却つて是に反す是れ又敬しつべきの一門なり
現代語訳
およそ世尊一代の五千余巻の経典は、頓・漸・秘密・不定の妙義を説き述べられたが、結局はこの見性の大事を出ない。だから経に「ただこの一事のみ実、余の二は真に非ず」と言う。したがって、三世古今の間に、見性しなかった仏祖はなく、見性しなかった賢聖は必ずいないのである。私は七、八歳から心を仏の道理に傾け、十五歳で出家し、十九歳で行脚し、二十四歳で初めてこの見性の大事に触れた。その後、叢林を経て、あまねく諸善知識の門を訪ね、広く諸経論をうかがい、おおよそ三教の経典を探り、諸子百家にまで及んだ。もし一法でも自性の法門を超えるものがあれば、荘子・老子・列子の道であっても、必ず信じ受け入れ、推し広めようと誓っていた。今年六十五歳に至って、ついに見性の大事に過ぎる法理を見なかった。そうでなければ、どうして妄りに紙墨を費やして、覚えもないことを書きつけ、ご高覧に入れようか。ただ返す返すも、見性の助けとして都合がよいならば、絶え間なく唱え進んで、一心不乱の境地に到りなさるならば、必ず大歓喜の眉を開かれるだろう。もし無字を打ち捨てて仏名を唱えることが、専唱称名の力によって見性が明らかになり、仏祖の骨髄に直ちに徹底することを得るなら、それでよい。たとえ見性が明白にならなくても、称名の功力によって死後には必ず極楽に往生するだろう、これは一挙両得、万全の良策だという底意であるなら、早速称名の修行を放り出し、純一に無字を挙げなさるべきである。なぜか。これは二百年来、禅苑を荒廃させ、真風を蝕み害する悪い風俗、杜撰な禅徒の卑俗下賤な邪見解だからである。そもそも禅宗は、危うい上にもいよいよ危うくあることを求め、祖庭は険しい上にもいよいよ険しいことを貴しとする。常に要津を把え定めて凡聖を通さず、一言を出せば三賢の魂は揺らぎ、四果の眼はくらみ、一句を吐けば閑神は恐れ走り、野鬼は悲しみ哭く。木人の腸を割き、石女の髄を叩く。棟梁の質があり神のような俊才を具えた英才の学者を見れば、難透・難解・難信・難入の話頭を放って、正法眼蔵をえぐり、涅槃妙心を奪い取る。学者もまた毒虫の郷を過ぎるようで、水も他の一滴を受けず、縦に噛み横に参じ、情量の窟宅を破り、智解の窠臼を抜き、理が尽き言葉が窮し、心が死に意が消えて、たちまち凡でもなく聖でもなく仏でもなく魔でもない、奇怪な鈍瞎漢を放ち出し、それで仏祖の深恩に報いる。このような手段を法窟の爪牙と名づけ、奪命の神符という。大いに上々の根機の人に利益がある。中下の機は棚に上げて顧みない。浄家はかえってこれと反対である。これもまた敬うべき一門である。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
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