遠羅天釜 / 『遠羅天釜』幼少の地獄の恐れと挫折
老夫初七八歲時隨母入敎院聞僧講摩訶止觀中地獄說相其僧有辯才演叫喚無間焦熱紅蓮苦境恰如目見一堂緇素悉寒毛卓豎歸來計予平生殺業如無身所置動止悚然肌膚栗々竊把普門品與大悲神呪晝夜讀誦一日共母入浴母求湯熱使婢頻添薪浸々火氣衝肌浴盤大嗚乎想念地獄事放聲悲號哀聲動四隣從此竊求出家父母不許常行寺誦經讀書十五歲而出家自誓曰願不見肉身而火不能燒水不能溺底得力死不休晝夜孜孜誦經作禮於病惱或針灸間點檢其痛痒無與平生異心甚不歡曰我旣背父母出家未見方寸功果我聞法華一代經王而鬼神亦欽往々幽冥苦界人託人求救必言法華熟誦佗人讀誦且拔其苦患況自身讀誦且又經中必有甚深妙義於此親把法華經窮見除唯有一乘諸法寂滅文餘皆因緣譬喩說也此經若有者般功德六經諸史百家書亦可有功德豈特此經云哉大失懷素實十六歲之時也十九因讀正宗贊巖頭和尚末後爲盜賊被害叫聲徹三里外予謂徹甚徹如何不免盜賊戈矛喫如巖頭和尚者僧中麟鳳佛海蛟龍且然也死後豈得免獄奴杖子哉若果而爾參禪學道何益焉佛法恁麼虛誕也悔者以身投此妖邪隊裏今夫可如何於此大懊惱不食三日永絕望於佛法見佛像經卷如泥土專讀俗典弄詩文少忘憂愁
新字:老夫初七八歳時随母入教院聞僧講摩訶止観中地獄説相其僧有弁才演叫喚無間焦熱紅蓮苦境恰如目見一堂緇素悉寒毛卓豎帰来計予平生殺業如無身所置動止悚然肌膚栗々窃把普門品与大悲神呪昼夜読誦一日共母入浴母求湯熱使婢頻添薪浸々火気衝肌浴盤大嗚乎想念地獄事放声悲号哀声動四隣従此窃求出家父母不許常行寺誦経読書十五歳而出家自誓曰願不見肉身而火不能焼水不能溺底得力死不休昼夜孜孜誦経作礼於病悩或針灸間点検其痛痒無与平生異心甚不歓曰我既背父母出家未見方寸功果我聞法華一代経王而鬼神亦欽往々幽冥苦界人託人求救必言法華熟誦佗人読誦且抜其苦患況自身読誦且又経中必有甚深妙義於此親把法華経窮見除唯有一乗諸法寂滅文余皆因縁譬喩説也此経若有者般功徳六経諸史百家書亦可有功徳豈特此経云哉大失懐素実十六歳之時也十九因読正宗賛巖頭和尚末後為盗賊被害叫声徹三里外予謂徹甚徹如何不免盗賊戈矛喫如巖頭和尚者僧中麟鳳仏海蛟竜且然也死後豈得免獄奴杖子哉若果而爾参禅学道何益焉仏法恁麼虚誕也悔者以身投此妖邪隊裏今夫可如何於此大懊悩不食三日永絶望於仏法見仏像経巻如泥土専読俗典弄詩文少忘憂愁
書き下し
老夫、初め七八歲の時、母に隨ひて敎院に入り、僧の摩訶止觀の中の地獄の說相を講ずるを聞く。其の僧、辯才有り、叫喚・無間・焦熱・紅蓮の苦境を演ぶること、恰も目に見るが如し。一堂の緇素、悉く寒毛卓豎す。歸り來たりて、予が平生の殺業を計るに、身の置く所無きが如く、動止悚然として、肌膚に栗々たり。竊かに普門品と大悲神呪とを把りて、晝夜讀誦す。一日、母と共に入浴す。母、湯の熱きを求め、婢をして頻りに薪を添へしむ。浸々として火氣肌を衝き、浴盤大いに嗚る。乎、地獄の事を想念し、聲を放ちて悲號し、哀聲、四隣を動かす。此れ從り竊かに出家を求むれども、父母許さず。常に寺に行きて經を誦し書を讀む。十五歲にして出家す。自ら誓ひて曰く、願はくは肉身を見ずして、火も燒く能はず、水も溺らす能はざる底の得力を得ん。死すとも休せず、と。晝夜孜孜として經を誦し禮を作す。病惱、或いは針灸の間に於いて、其の痛痒を點檢するに、平生と異なること無し。心、甚だ歡ばず、曰く、我、旣に父母に背きて出家するに、未だ方寸の功果を見ず。我れ聞く、法華は一代の經王にして鬼神も亦た欽み、往々、幽冥苦界の人、人に託して救ひを求むるに、必ず言ふ、法華を熟誦せよ、と。佗人の讀誦すら、且つ其の苦患を拔く。況んや自身の讀誦をや。且つ又、經中に必ず甚深の妙義有らん、と。此に於いて親ら法華經を把りて窮め見るに、唯有一乘・諸法寂滅の文を除きて、餘は皆な因緣譬喩の說なり。此の經に若し者般の功德有らば、六經・諸史・百家の書にも亦た功德有るべし。豈に特り此の經のみ云はんや、と。大いに懷素を失ふ。實に十六歲の時なり。十九、正宗贊を讀むに因りて、巖頭和尚、末後に盜賊の爲に害せられ、叫聲、三里の外に徹すと。予謂へらく、徹すること甚だ徹すれども、如何ぞ盜賊の戈矛を喫するを免れざる。巖頭和尚の如き者は、僧中の麟鳳、佛海の蛟龍にして、且つ然り。死後、豈に獄奴の杖子を免るるを得んや。若し果たして爾らば、參禪學道、何の益かあらん。佛法、恁麼に虛誕なるか。悔ゆらくは、身を以て此の妖邪の隊裏に投ぜしことを。今、夫れ如何すべき、と。此に於いて大いに懊惱し、食らはざること三日、永く佛法に絕望し、佛像・經卷を見ること泥土の如し。專ら俗典を讀み、詩文を弄して、少しく憂愁を忘る。
現代語訳
老夫が七、八歳の頃、母に従って教院に入り、僧が摩訶止観の中の地獄の相を講じるのを聞いた。その僧は弁才があり、叫喚・無間・焦熱・紅蓮の苦しみの境を演じて、まるで目に見るようであった。堂中の僧俗はみな、寒毛が逆立った。帰ってから、私が生まれてこのかたの殺生の業を思うと、身の置き所もないようで、立ち居にもぞっとして、肌に粟を生じた。ひそかに普門品と大悲神呪を取って、昼夜読誦した。ある日、母と一緒に入浴した。母が湯の熱さを求め、下女にしきりに薪を足させた。次第に火気が肌を衝き、浴盤の湯が大いに鳴った。ああ、と思わず地獄のことを想い、声を放って悲しみ叫び、哀れな声が四隣を動かした。これよりひそかに出家を求めたが、父母は許さず、常に寺に行って経を誦し書を読んだ。十五歳で出家した。自ら誓って言った。「願わくは、肉身を見ないで、火も焼くことができず水も溺れさせることができない境地の力を得よう。死んでもやめない」と。昼夜孜孜として経を誦し礼拝した。病苦のとき、あるいは鍼灸の間にも、その痛みを点検したが、平生と異なるところがなく、心は甚だ楽しまず、言った。「私はすでに父母に背いて出家したのに、まだ方寸の功果を見ない。私が聞くところ、法華は一代の経王であり、鬼神もまた欽んで往き、しばしば幽冥の苦界の人が、人に託して救いを求める時には、必ず『法華を熟誦せよ』と言う。他人の読誦でさえ、その苦患を抜く。まして自身の読誦ならなおさらである。またこの経の中には必ず甚深の妙義があろう」と。ここで自ら法華経を取って窮め見たが、「ただ一乗のみあり、諸法は寂滅」の文を除けば、残りはみな因縁譬喩の説であった。この経にもしこれほどの功徳があるなら、六経・諸史・百家の書にもまた功徳があるはずで、どうしてこの経だけだと言えようか、と。大いに素懐を失った。実に十六歳の時であった。十九歳のとき、正宗賛を読んで、巌頭和尚が最後に盗賊に殺され、叫び声が三里の外まで徹ったと知った。私は思った。徹すというのに、どうして盗賊の矛を受けることを免れなかったのか。巌頭和尚のような、僧中の麟鳳、仏海の蛟龍でさえこうである。死後に獄卒の杖を免れられようか。もしそうなら、参禅学道に何の益があるのか。仏法とはこのように偽りだったのか。悔しいことに、この身をこの妖邪の仲間に投じてしまった。今となってはどうしたらよいのか、と。ここで大いに懊悩し、三日食べず、永く仏法に絶望し、仏像や経巻を見ても泥土のように思い、もっぱら俗典を読み詩文を弄んで、少しく憂いを忘れた。
解説

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